概要
「お伊勢参り」の道。年間数百万人が歩いた時代がある。
解説
伊勢参宮街道(いせさんぐうかいどう)は、日本の各方面から伊勢神宮への参拝道として整備された街道のことである。伊勢街道・伊勢本街道・参宮街道と呼ばれる。 近代以前のかつての街道は次のとおり。とくに広義としての伊勢街道の名称は各街道でも用いられるので注意を要する。 (伊勢街道(○○街道)と用いられることが多い) 狭義としては下記のように用いられる。 日永の追分から東海道と別れ、伊勢にいたる街道。国道23号として1952年(昭和27年)に整備され、松阪市以南は現在、三重県道428号伊勢小俣松阪線。江戸時代より前は、津市近辺ではより海沿いを通っていたようであるが、藤堂高虎が津の城下町の繁栄を図って、城下を通るよう街道路を移したと伝えられる。 大坂・玉造稲荷神社から各所を経由し、奥津(津市)経由で最終的に伊勢にいたる街道。 桜井で初瀬街道と分かれ、大宇陀(宇陀市)経由で伊勢にいたる街道。 関宿東の追分で東海道と分岐、椋本宿(津市)を経由し、江戸橋で伊勢街道に合流する。窪田宿には高田本山専修寺の寺内町である一身田がある。 桜井で参宮街道、榛原(宇陀市)で伊勢本街道と分かれ、あお越え(青山高原)を経由し、六軒(松阪市)で伊勢街道に合流する。1953年(昭和28年)に大部分が国道165号として整備された。 和歌山から吉野を経由、参宮街道と合流・分岐し、松阪に至る街道。 飛鳥時代からの古道。 江戸時代以降は伊勢本街道の一部として機能した。1974年(昭和49年)に羽曳野市以東が国道166号へ指定(区間:堺市-羽曳野市-葛城市) 飛鳥時代からの古道。 元は竹内街道・長尾街道交点付近と藤原京を結ぶ古道であったが、江戸時代以降は伊勢本街道の一部として機能した。 奈良時代からの古道。 江戸時代以降は、伊勢本街道の一部として機能した。1970年(昭和45年)に大部分が国道308号に指定。(区間:大阪市-生駒市-奈良市) 飛鳥時代からの古道で、古くは上ツ道とも呼ばれた。奈良から天理市を経て桜井市で初瀬街道と合流する。 行基道とも呼ばれ、守口宿から清滝峠を越えて東へ進む街道。 木津川市で奈良街道と合流・木津川を越えて伊賀街道に接続する。 伊賀越奈良道とも呼ばれ、奈良から大和街道を通り、伊賀国を経て津に至る街道。
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
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