概要
アオモリトドマツに雪が付き、白い塔が並ぶ。
解説
八甲田山(はっこうださん)は、青森市の南側にそびえる大岳(標高1,584m)を主峰とする18の山々からなる複数火山の総称。日本百名山の一つ。 「八甲田山」という名称の単独峰が存在するわけではなく、複数の成層火山や溶岩円頂丘で構成される火山群である。青森県のほぼ中央に位置し、約20km南には十和田湖が位置する。東北地方の脊梁奥羽山脈の北端である。 主峰は大岳(八甲田大岳)の標高1,585m。これは青森県の最高峰「岩木山」標高1,625mに次ぐ高さである。 八甲田山周辺は広く十和田八幡平国立公園に指定されている。また、八甲田山周辺は田代平や寒水沢上流の一部を除く広い範囲が国有林や保安林に指定されているほか、大岳周辺から蔦温泉周辺にかけて国指定の鳥獣保護区特別保護地区に指定されている。八甲田山は2016年12月1日より気象庁指定の常時観測火山となっている。 周辺は世界でも有数の豪雪地帯である。明治35年に青森の歩兵第五連隊が雪中行軍の演習中に記録的な寒波に由来する吹雪に遭遇し、210名中199名が遭難死した事件(八甲田雪中行軍遭難事件)が発生、それを基に新田次郎の小説『八甲田山死の彷徨』が書かれ映画化もされている。なお、陸上自衛隊青森駐屯地に駐屯する第5普通科連隊も、(遭難死した青森歩兵5連隊の隊員慰霊も兼ねて)毎年厳冬期に八甲田山系での冬季雪中戦技演習を行なっている。 命名の由来について「新撰陸奥国志」によれば、八の(たくさんの)甲(たて)状の峰と山上に多くの田代(湿原)があるからという。 中道等は、『十和田村史』で菅江真澄の『とわだのうみ』や『いはてのやま』を引いて、1407年(応永14年)の『三国伝記』の「奴可(ぬか)の岳」から、十和田の古称の「糠檀(こうだ)の岳」が発祥したとする説を紹介し、菅江真澄の博識ぶりに感服している。『三国伝記』では、あるとき、女が難蔵に向かって言うことには「この言両(ことわけ)の嶺の西三里に、奴可(ぬか)の嶺という所に池があり、その池に八頭(やまた)の大蛇(おろち)がいる。私を妻として1月のうち上旬の15日は奴可の池に住んで、下旬の15日はこの池に住んでいるので、今はちょうど来る時期です。心してください」という記述がある。これが、南祖坊と八郎太郎が初めて登場するくだりである(三湖伝説)。
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
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