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上野原縄文の森

鹿児島県 · 霧島市 · 博物館・記念館

Uenohara Jomon Forest / 上野原縄文の森

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上野原縄文の森
写真:Ray_go / CC BY-SA 3.0 · 出典 ↗
WHAT TO DO上野原縄文の森

9,500年前の定住集落が見つかり、縄文の常識が書き換えられた。南九州で早くから定住が始まっていた証拠。国の史跡。

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概要

9,500年前の定住集落が見つかり、縄文の常識が書き換えられた。南九州で早くから定住が始まっていた証拠。国の史跡。

解説

上野原遺跡(うえのはらいせき)は、鹿児島県霧島市国分上野原縄文の森にある縄文時代早期から中世にかけての複合遺跡。国の史跡。遺跡は歴史公園の鹿児島県上野原縄文の森として整備されている。また、展示施設や鹿児島県立埋蔵文化財センター等が敷地内に併設されており、鹿児島県内の考古学研究の拠点となっている。 1986年(昭和61年)に、国分市(現・霧島市)において工業団地(国分上野原テクノパーク)の造成中に発見された。同年から1996年(平成8年)にかけて鹿児島県教育委員会が発掘調査を行い、縄文時代早期前葉から中世までの遺跡群を含む複合遺跡であることがわかった。特に遺跡群の最下層には発見当時において日本列島で最古の大規模な定住集落跡があり、出土した土器が1998年(平成10年)に国の重要文化財に、遺跡の一部が1999年(平成11年)に国の史跡に指定された。「縄文文化は東日本で栄えて西日本では低調だった」という常識に疑問を呈する遺跡ともなった。特徴的な土器としては、弥生土器に類似した1組の壺形土器が土層から見つかった。 発掘調査では17層の土層について調査され、1層目から9層目までの範囲で遺跡が確認された。 1層目: 桜島の火山灰(P1- P3)を含む現代の農耕土。土師器や陶磁器が確認された。 2層目: 黒色土。山之口式土器、中溝式土器、竪穴建物跡6棟が確認され、近世から中世にかけての遺跡とされる。 3層目: 暗茶褐色土。掘立柱建物1棟、石皿、石斧などが確認され、古墳時代から弥生時代にかけての遺跡とされる。 4層目: 桜島の火山灰(P5)を含む薄えび茶褐色土。多数の土坑、黒川式土器が確認され、縄文時代晩期の遺跡とされる。 5層目: 桜島の火山灰(P7)を含むえび茶褐色土、および鬼界アカホヤ火山灰を含む明橙色土。 6層目: 桜島の火山灰(P11)を含む灰茶褐色土。 7層目: 黒褐色土。様々な種類の縄文土器に加えて集石遺構56基、土坑3基が確認され、縄文時代早期中葉から前葉の遺跡とされる。 8層目: 桜島の火山灰(P13)を含む黒色土。前平式土器、撚糸文土器が確認された。 9層目: 暗茶褐色土。竪穴建物跡、集石遺構、連穴土坑、前平式土器などが確認された。この層と直下の10層目との間に縄文時代早期前葉の遺構が挟まる形になっている。

出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)

出典 ja.wikipedia.org ↗

基本データ

創建・開館:1997年 代表作・所蔵:9,500年前の定住集落跡、壺形土器と耳飾り ジャンル:古美術・仏教美術

出典 ja.wikipedia.org ↗

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出典 jomon-no-mori.jp ↗

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