概要
江戸の町家がほとんど失われたなか、黒漆喰の店蔵が通りに残る。江戸の商業建築を実物で見られる場所。重要伝統的建造物群保存地区。
解説
川越市(かわごえし)は、埼玉県の中部に位置する市。中核市、業務核都市、保健所政令市に指定されている。1922年(大正11年)12月1日市制施行(埼玉県で初めて成立した市)。人口は約35万人で、県内ではさいたま市、川口市に次ぐ第3位の人口を有する。旧武蔵国入間郡。 江戸時代には親藩・譜代の川越藩の城下町として栄えた都市で、「小江戸」(こえど)の別名を持つ。城跡・神社・寺院・旧跡・歴史的建造物が多く、文化財の数では関東地方で神奈川県鎌倉市、栃木県日光市に次ぐ。歴史まちづくり法により、埼玉県内唯一、国から「歴史都市」に認定されている。戦災や震災を免れたため歴史的な街並が残っており、市内の観光名所には年間約732万人もの観光客が訪れる観光都市である(「川越」も参照)。海外の旅行ガイドブックに紹介されることも多く、最近では外国人旅行者が多い(例えばニューヨーク・タイムズ紙の「2009年トラベルガイド」の 川越特集)。 武蔵野台地の北端に位置し、荒川と入間川が市内で合流する。地理的な要衝で平安時代には河越館に豪族の河越氏が興り、武蔵国筆頭の御家人として鎌倉幕府で権勢を誇った。室町時代に扇谷上杉氏の家宰・太田道灌によって河越城が築城され、上杉氏、次いで北条氏の武蔵国支配の拠点となった。戦国時代には関東平野の覇権を決する河越夜戦の舞台となった。河越夜戦は「日本三大夜戦」とされる。江戸時代以前は江戸を上回る都市であり、「江戸の母」と称された。 川越城を擁する川越藩は江戸幕府の北の守りであり、武蔵国一の大藩としての格式を誇り、酒井忠勝・堀田正盛・松平信綱・柳沢吉保など大老・老中クラスの重臣や御家門の越前松平家が配された。そのため、江戸時代から商工業や学問の盛んな城下町であり、今日でも多くの学校を有す文教都市である。川越藩の歴代藩主は武蔵野の開発に力を注いだ。「知恵伊豆」と呼ばれた松平信綱は、川越藩士の安松金右衛門に命じ、玉川上水や野火止用水、新河岸川の開削、川島大囲堤の築造、川越街道の改修を行い、行政手腕の秀でた柳沢吉保は、川越に召抱えていた荻生徂徠の建議を入れ、筆頭家老の曽根権太夫に命じ、三富新田の開拓などを行った。 川越藩によって殖産政策が遂行され、農産物や絹織物・工芸品など市場競争力のある特産品開発がなされた。
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
出典 ja.wikipedia.org ↗基本データ
創建・開館:江戸期 代表作・所蔵:黒漆喰の店蔵30棟、時の鐘 ジャンル:建築
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