概要
明治天皇の休息のために実業家が建てた迎賓館。庭は近代日本庭園を確立した七代目小川治兵衛の作。国の名勝。
解説
慶雲館(けいうんかん)は、滋賀県長浜市港町にある迎賓館である。庭園部分は国の名勝に指定されている。 1887年(明治20年)、明治天皇の行在所(一時的な滞在に使用する施設)として実業家の浅見又蔵により建設された。館名は当時の総理大臣であった伊藤博文が命名したとされている。本庭の池泉回遊式庭園(国の名勝)は名匠7代目小川治兵衛の代表作であるとともに、近代日本庭園の傑作の一つとして名高い。 毎年1月から3月には長浜盆梅展が開催される。 京都で行われた孝明天皇御式年祭(20年祭)のため明治天皇が行幸した前年の1886年(明治19年)、長浜の実業家で当時は太湖汽船頭取を務めていた浅見が行幸計画を知ったさい、長浜で自社航路から鉄道へ乗り換える時間に滞留する適当な施設がなかったことから急遽、自らが所有する大通寺別殿跡地に行在所を私費で建設した。工事は同年11月3日から急遽開始され、竣工したのは行幸当日の1887年(明治20年)2月21日朝であったが、明治天皇・昭憲皇太后夫妻が京都を発った当日朝の時点では、建設工事の後かたづけも終わっていなかったという。夫妻は同日13時前に長浜港に到着し、同館で昼食および休憩をとったあと、13時45分発の列車で名古屋へ向かった。 1886年(明治19年)11月3日 - 着工。 1887年(明治20年)2月21日 - 竣工。同日、明治天皇夫妻が訪問。 1912年(明治45年) - 小川治兵衛により広大な本庭(池泉回遊式庭園)が作庭される。 1935年(昭和10年) - 「明治天皇長浜行在所」の名称で国の史跡に指定される(1948年に指定解除)。 1936年(昭和11年) - 長浜町(現在の長浜市)に寄贈される。 2004年(平成16年) - 一般公開される。 2006年(平成18年)1月26日 - 本庭が国の名勝に指定される。 本館の一部の部屋、梅の館の一部の部屋、慶雲館茶室は有料で一般人が賃借することができる。ただし、営利目的・宗教目的・政治目的の催事には使用できないほか、長浜盆梅展開催期間中(1月上旬~3月上旬)など特別展開催期間中は貸出は行われない。 本館 - 1887年(明治20年)竣工。総檜造・寄棟造・桟瓦葺で2階建の書院風建築。南面・西面は銅板葺の庇、玄関は純和風造である。延床面積500平方メートル、建設費1万円。
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
出典 ja.wikipedia.org ↗基本データ
創建・開館:1887年 代表作・所蔵:明治天皇行在所、小川治兵衛の庭 ジャンル:建築、野外・ランドアート
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