概要
旧石器時代に本土へ運ばれた黒曜石の産地。石器の材料として、島が交易の起点になっていた。
解説
隠岐諸島(おきしょとう)は、島根半島の北方約50 kmに位置する島々である。隠岐群島(おきぐんとう)、隠岐島(おきのしま)とも呼ばれる。 現在は島根県隠岐郡。山陰地方では今でも隠岐諸島を指して隠岐国(おきのくに)と呼ぶ場合がある。 隠岐諸島は本州南西部の島根半島の北の日本海、北緯36度付近に位置する。隠岐諸島は島後水道を境に島前(どうぜん)と島後(どうご)に分けられる。 島前は「島前三島」と呼ばれる知夫里島(知夫村)、中ノ島(海士町)、西ノ島(西ノ島町)から構成される群島である。これに対し、島後は1島(隠岐の島町)のみである。島後の面積は約242 km2で、日本列島では徳之島に次いで大きく、15番目の面積を持つ。主な島は、これら4島だが、付属の小島は約180を数える。 隠岐諸島の最高峰は島後の中央やや東側に所在する大満寺山で、山頂の標高は608 mである。かつては摩尼山と呼称された。 島根県は隠岐諸島を管轄する隠岐支庁を置いており、支庁所在地は隠岐の島町(旧西郷町)である。人口17,339人、面積345.94km²、人口密度50.1人/km²。(2026年9月1日、推計人口) 1963年に隠岐諸島のほぼ全域が、大山隠岐国立公園に指定された。特に、島前の西ノ島町に所在する国賀海岸は、高さ100 mから257 mに達する海食崖が連なった景勝地として知られる。 流刑(追放刑)の名所として知られ、これまで2000人以上が流された。中には後鳥羽上皇・後醍醐天皇など天皇も流されている。 隠岐諸島にはユーラシア大陸の縁辺であった時代と、島根半島の先端であった時代とがある。同諸島と島根半島の間の水深は70 mほどで、2万年前の氷期には現在より海面が130 mほど低下し半島と陸続きとなっていた。その後の海面の上昇によって約1万年前に現在のような離島となった。 また同諸島は、約500万年前に活動した火山でもある。侵食作用によって火山地形が失われたため、火山としてではなく新第三紀の火山岩類として扱われる。島前火山はカルデラを形成しており、その中央火口丘が焼火山(たくひやま)である。 火山の酸性土壌が多いため、隠岐の牧畑といった原始的農法も近年まで続けられた。 産出する黒曜石は日本列島に居住した先史時代人類によって利用された。
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
出典 ja.wikipedia.org ↗基本データ
代表作・所蔵:黒曜石の産地、断崖と柱状節理 ジャンル:野外・ランドアート、古美術・仏教美術
出典 ja.wikipedia.org ↗旅の前に知っておくこと
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