概要
400年続く定置網が湾に配置される。海の上に描かれた見えない構造が、漁の形を決めている。
解説
氷見市(ひみし)は、富山県の北西部に位置する市。能登半島の基部にあたり、市の東側は富山湾(有磯海)に面している。1952年(昭和27年)市制施行。 北から西にかけての宝達丘陵が石川県との県境、南の二上山丘陵が高岡市との境界となっている。 最高地点(最高峰)柴山(513m) 標高は石動山(564m)の方が高いが、最高地点(山頂)は隣の中能登町に属する。 山: 平ノ山、蔵王山(赤坂山)、石動山、柴山、碁石ヶ峰、朝日山、御杯山、臼が峰、宝達山、三千坊山、三方峰、二上山、大師ヶ岳 河川: 上庄川、湊川、仏生寺川、余川川、阿尾川、宇波川 氷見の地名の由来について氷見市ホームページでは、1.古代、蝦夷防備の狼煙を監視する場所で、狼煙の火を見るところだから火見と言った。2.海をへだてて、立山連峰の万年雪が見えるところだから氷見と言った。3.海の漁り火が見えるところだから火見と言った。4.海が干し上がって、陸地になったところだから干海(ひみ)と呼んだ、等様々な説があると紹介している。 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、射水郡氷見町、朝日村、朝日新町村、池田新村、岩上村、大野新村の区域の一部、加納村の区域の一部及び鞍川村の区域の一部をもって、射水郡氷見町が発足する。 1896年(明治29年)3月29日 - 郡制の施行のため、射水郡の区域から分立して、氷見郡が発足により、氷見郡に所属となる。 1923年(大正12年)3月7日 - 十二町潟のオニバスが天然記念物に指定される。 1937年(昭和12年)12月末 - この時点での人口は14,851人、面積は2.27km2。 1938年(昭和13年)9月6日 - 氷見町大火: 下伊勢町から煙草の不始末により出火。台風の影響によるフェーン現象に見舞われ南東の風にあおられて市内に広がる大火となった。 4月1日 - 氷見郡加納村を編入する。 10月1日 - 氷見郡稲積村を編入する。 1952年(昭和27年)8月1日 - 氷見郡氷見町が氷見郡碁石村、八代村及び余川村を編入する。同日、市制施行して、氷見市となる。当時の面積は57.52 km2、人口は1953年(昭和28年)3月時点で30,094人。 11月1日 - 氷見郡窪村及び宮田村を編入する。 12月1日 - 氷見郡上庄村及び熊無村を編入する。
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
出典 ja.wikipedia.org ↗基本データ
創建・開館:江戸期 代表作・所蔵:富山湾に並ぶ定置網、立山連峰を望む浜 ジャンル:野外・ランドアート
出典 ja.wikipedia.org ↗公式サイト
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出典 city.himi.toyama.jp ↗旅の前に知っておくこと
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