本文へ移動
日本国内の地域・文化・観光資料 / 営業日や料金などは掲載元の最新情報をご確認ください。

Value Village

最勝院

青森県 · 弘前市 · 神社・寺

Saishoin / 最胜院

この資料を保存・計画
地図で見る →AI旅程を考える
最勝院
写真:663highland / CC BY-SA 4.0 · 出典 ↗
WHAT TO DO最勝院

五重塔は重要文化財で、東北にある五重塔のなかでも均整の取れた姿で知られる。

WHERE青森県

津軽 · 弘前市

CHECK BEFORE YOU GO訪問前に確認

営業日、料金、予約、撮影可否、季節条件は公式情報で確認してください。

Instagram で見る

この場所の名前のハッシュタグ。押すと Instagram のタグ一覧が新しいタブで開きます。

概要

五重塔は重要文化財で、東北にある五重塔のなかでも均整の取れた姿で知られる。

解説

最勝院(さいしょういん)は、青森県弘前市銅屋町にある真言宗智山派の寺院。山号は金剛山、寺号は光明寺。重要文化財に指定されている五重塔としては日本最北に位置する。 弘前ねぷたまつりで知られる弘前市の中心部、弘前城の南方の禅林街及び新寺町と呼ばれる地区には46の寺院が建ち並ぶが、その中で長勝寺と並ぶ代表的寺院であり、市民からは「五重塔の寺」として親しまれている。寺名はつぶさには「金剛山光明寺最勝院」と称し、院号は護国三部経の一つで密教色の強い『金光明最勝王経』に由来する。 『津軽一統志』によると、天文元年(1532年)、常陸国出身の弘信が、堀越城下(現・弘前市堀越)に堂宇を建立したことに始まる。江戸時代初期に弘前藩2代藩主津軽信枚が弘前城を築城したことに伴い、慶長16年(1611年)、城の鬼門(東北)に当った現在地より北に3キロメートルほど離れた田町に寺院を移転し、弘前八幡宮の別当寺とされた。12か寺の塔頭寺院を従え藩の永世祈願所となった。近世には僧録所として、津軽藩領内の寺社を統轄する立場にあった。 明治時代の神仏分離令により最勝院以外の11か寺は廃寺となり、最勝院は廃寺となった寺院の檀家衆を引き受けて現在地(旧大圓寺跡)に寺籍を移転した。なお、神岡山大圓寺は弘前市に隣接する南津軽郡大鰐町に移転している。ただし、市民からは今でも「大円寺」の俗称で呼ばれている。 伽藍は本堂、仁王門、五重塔、如意輪観音堂(六角堂)、五智如来堂、護摩堂、聖徳太子堂、薬師堂、庚申堂、鐘楼などからなる。本堂は1970年の再建で、本尊大日如来像を安置する。護摩堂はもとこの地にあった大円寺の旧本堂であり、五重塔なども旧大円寺の建物である。当院には本尊大日如来像のほか、五智如来、文殊菩薩、歓喜天(聖天)、薬師如来、「猫突不動明王」と通称する不動明王などが祀られている。 寛文7年(1667年)に完成した旧大円寺の塔で方3間、総高31.2メートル(相輪含む)である。津軽藩3代藩主津軽信義、4代津軽信政の寄進により、前後10年以上をかけて建立された。国の重要文化財指定の五重塔としては日本最北端に位置する。心柱は角柱で、初層天井から立つ。江戸時代建立の塔であるが古式を残し、軸部の逓減率 が高く、バランスの取れた優美な塔である。

出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)

出典 ja.wikipedia.org ↗

基本データ

創建:1532年 指定:重要文化財 ご利益:厄除け、学問

出典 ja.wikipedia.org ↗

旅の前に知っておくこと

世界の質問箱から、この資料に関係する疑問を3つ。

同じ県の神社・寺

この分類をすべて見る

訪問前の確認・参考資料

原資料を掲載しています。営業時間、見学可否、料金、交通は最新の公式情報で確認してください。

この県の工芸・名品

工芸・ものづくり特産品・お土産

この記述はValue Villageが公開情報をもとに自分で書き起こしたものです。転載はしていません。 対応言語:ja / en / zh

青森県の Instagram 投稿(公式アカウントより)

この場所に結びついた投稿はまだありません。県の公式アカウントの投稿を毎分入れ替えて表示しています。