概要
宇佐・石清水と並ぶ日本三大八幡のひとつ。楼門に掲げられた「敵国降伏」の額は、元寇に由来する。
解説
筥崎宮(はこざきぐう)は福岡県福岡市東区箱崎に在る神社。式内社(名神大社)、筑前国一宮。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。 筥崎八幡宮(はこざきはちまんぐう)とも呼ばれる。大分県宇佐市の宇佐神宮、京都府八幡市の石清水八幡宮とあわせて三大八幡宮と呼ばれる。 「はこ」の字は円筒状の容器を意味する「筥」が正字であり「箱」ではない。ただし筥崎宮の所在地・駅名など地名「はこざき」は「箱崎」と表記する。 創建に関しては複数の説がある が、公式サイトでは延喜21年に建立された説が紹介されている。延喜21年(921年)6月21日に八幡神の託宣があり、応神天皇・神功皇后・玉依姫命を祭神として筑前国穂波郡の大分宮を玄界灘に面した土地に移したのに始まる。延長元年(923年)に現在地に遷座。『延喜式神名帳』には「八幡大菩薩筥崎宮一座」と記載され、名神大社に列している。 元寇の際に亀山上皇が敵国降伏を祈願し、このときの宸筆は安土桃山時代に模写されて神門に「敵國降伏」の扁額として掲げられた。以来、海上交通・海外防護の神として信仰されている。 近代社格制度のもと明治4年(1871年)に県社に列格した。1885年(明治18年)に官幣中社に、1914年(大正3年)に官幣大社に昇格した。 境内の主要な建築物等の施設は次のとおりである。 重要文化財。延喜21年(921年)6月に藤原真材が創建。数度の焼失と再建が繰り返された。戦国時代に戦火兵乱のため荒廃したので大宰大弐大内義隆が天文15年(1546年)に再建。本殿は46坪、桧皮葺の流造様式で左右に縋造車寄がある。拝殿は檜皮葺の切妻造・二重虹梁・蟇股。 重要文化財。小早川隆景により文禄3年(1594年)に建立。三間一戸の入母屋造。扉の桐紋彫刻は左甚五郎の作といわれる。「敵國降伏」の扁額は亀山上皇が奉納した醍醐天皇の宸筆といわれる。広瀬淡窓の「筑前城下作」の詩の伏敵門はこの楼門を指す。一般の参拝はこの楼門の下で行われる。日本三大楼門の一つとされる。 重要文化財。黒田長政により慶長14年(1609年)に建立されたといわれてきたが、佐世保市文化財審査委員会の久村貞男により、佐賀藩藩主・鍋島勝茂が建立したことが判明。鳥居の柱は3つに切れ、下肥りとなり台石に続く。笠木島木はひとつの石材で、先端が反り上がり、貫と笠木の長さが同じなど典型的な肥前鳥居である。
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
出典 ja.wikipedia.org ↗基本データ
創建:921年 社格:筑前国一之宮、日本三大八幡 指定:重要文化財 ご利益:勝運、厄除け
出典 ja.wikipedia.org ↗公式サイト
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出典 hakozakigu.or.jp ↗旅の前に知っておくこと
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