概要
備後国一之宮。岡山の吉備津神社と同じ吉備津彦命をまつり、旧吉備国が三つに分かれた歴史を示す。
解説
吉備津神社(きびつじんじゃ)は、広島県福山市新市町宮内にある神社。備後国一宮。旧社格は国幣小社で、現在は神社本庁の別表神社。 地元では「一宮さん(いっきゅうさん)」と通称される。 福山市北西部、府中市との境に鎮座し備後国の総鎮守とされている。近くの府中市は備後国の国府のあった地とされるように、周辺は備後国の中心地であった。 備後国分立以前の吉備国を治めたとされる大吉備津彦命を主祭神に祀り、命の関係一族を配祀する。 江戸時代に造営された本殿は国の重要文化財に指定されており、他数棟が広島県・福山市指定文化財に指定されている。また、重要文化財に指定されている狛犬・太刀数点が伝えられている。 古来は「吉備津彦神社」「吉備津彦大明神」とも称していたが、現在は備中一宮と同じく「吉備津神社」を正式名としている(備前一宮のみ吉備津彦神社を名乗る)。 2月と9月に正中の光(正中光)という、ご神体が朝日を反射し正中を貫くといった神秘的な現象がみられる。これは約100メートル先の石鳥居手前まで、拝殿、神楽殿、上随身門、下随身門などの建造物の中をピンポイントで、すり抜けて到達する。 祭神は次の4柱。 大吉備津彦命(おおきびつひこのみこと) 第7代孝霊天皇の第三皇子。崇神天皇10年に四道将軍の1人として山陽道に派遣され吉備を平定した。 大日本根子彦太瓊命(おおやまとねこひこふとにのみこと) - 第7代孝霊天皇(大吉備津彦命の父)を指す。 細比売命(くわしひめのみこと) - 孝霊天皇皇后(大吉備津彦命の生母ではない)。 稚武吉備津彦命(わかたけきびつひこのみこと) - 大吉備津彦命の弟。兄とともに吉備の平定に携わったとされる。 祭神は、吉備分国に関連して備中国一宮の吉備津神社から分祀されたことに由来する。 吉備国が三国に分離された後の806年(大同元年)、吉備国一宮であった吉備津神社より勧請して創建されたと伝えられる。しかし、その約百年後の905年から967年にかけて編纂された『延喜式神名帳』に記載がないことから、実際の創建はもっと後であるとする説がある。現在、神社の名前が最初に確認できる史料は1148年(久安4年)の八坂神社の記録『社家条々記録』であり、境内の発掘調査でも12世紀以降のものしか出土していない。 中世より備後国一宮として崇敬を集めた。
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
出典 ja.wikipedia.org ↗基本データ
創建:806年(伝) 社格:備後国一之宮 指定:重要文化財 ご利益:厄除け、農業
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