概要
鹿島神宮と対になる武の神。境内の要石は鹿島のものと地下でつながり、大なまずの頭と尾を押さえていると伝わる。利根川をはさんだ二社がひとつの物語を共有している——県境ではなく水でつながっていた地域だということ。
解説
香取神宮(かとりじんぐう)は、千葉県香取市香取にある神社。式内社(名神大社)、下総国一宮。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。 関東地方を中心として全国にある香取神社の総本社。茨城県鹿嶋市の鹿島神宮、茨城県神栖市の息栖神社とともに東国三社の一社。また、宮中の四方拝で遥拝される一社である。 千葉県北東部、利根川下流右岸の「亀甲山(かめがせやま)」と称される丘陵上に鎮座する。日本神話で大国主の国譲りの際に活躍する経津主神(フツヌシ)を祭神とすることで知られる、全国でも有数の古社である。 古くは朝廷から蝦夷に対する平定神として、また藤原氏から氏神の一社として崇敬された。その神威は中世から武家の世となって以後も続き、歴代の武家政権からは武神として崇敬された。現在も武道分野からの信仰が篤い神社である。 文化財としては、中国唐代の海獣葡萄鏡(かいじゅうぶどうきょう)が国宝に指定されている。建造物では江戸時代の本殿・楼門、美術工芸品では平安時代の鏡、中世の古瀬戸狛犬が国の重要文化財に指定されており、その他にも多くの文化財を現代に伝えている。 祭神は次の1柱。 経津主大神(ふつぬしのおおかみ) 別名を伊波比主神/斎主神(いわいぬしのかみ)、斎之大人(いはひのうし)。 上記のように、香取神宮の主祭神はフツヌシ(経津主)として知られる。その出自について、『日本書紀』(720年)では異伝として、イザナギ(伊弉諾尊)がカグツチ(軻遇突智)を斬った際、剣から滴る血が固まってできた岩群がフツヌシの祖であるとしている。また別の一書として、カグツチの血が岩群を染めイワサク・ネサク(磐裂神・根裂神)が生まれ、その御子のイワツツノオ・イワツツノメ(磐筒男神・磐筒女神)がフツヌシを生んだとしている。その後『日本書紀』正伝では、天孫降臨に先立つ葦原中国平定においてタケミカヅチ(鹿島神宮祭神)とともに出雲へ派遣され、大己貴命と国譲りの交渉を行なったという。なお、『古事記』ではフツヌシは登場しない。 フツヌシと香取の関係については、『日本書紀』一書に「斎主神云々、此神今在于東国檝取之地也」とあり、「檝取(楫取、かとり) = 香取」に祀られることが記されている。
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出典 ja.wikipedia.org ↗基本データ
創建:紀元前643年(伝) 社格:下総国一之宮、東国三社 指定:重要文化財 系統:{'name': '香取神社', 'count': '約400社'} ご利益:勝運、厄除け、交通安全
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