概要
かわらけ投げの発祥。空海が住職を務めた。
解説
神護寺(じんごじ)は、京都市右京区梅ヶ畑高雄町にある高野山真言宗の遺迹(ゆいせき)本山の寺院。山号は高雄山。本尊は薬師如来。開基は和気清麻呂である。 京都市街の北西、愛宕山(924メートル)山系の高雄山の中腹に位置する山岳寺院で、紅葉の名所である。清滝川に架かる高雄橋から長い参道を歩いた先の山中に金堂、多宝塔、大師堂などの堂宇が建つ。神護寺は空海が東寺や高野山の経営に当たる前に一時住した寺であり、最澄もここで法華経の講義をしたことがある。 寺号は詳しくは「神護国祚真言寺(じんごこくそしんごんじ)」と称する。寺の根本史料である「神護寺略記」や国宝の「文覚上人四十五箇条起請文」などにももっぱら「神護寺」とあり、寺の入口の楼門に架かる板札にも「神護寺」とあることなどから、本項でも「神護寺」の表記を用いる。 神護寺は、いずれも和気氏の私寺であったと思われる「神願寺」と「高雄山寺」という2つの寺院が天長元年(824年)に事実上合併してできた寺である。2つの前身寺院のうち、神願寺は、和気清麻呂(733年 - 799年)により天応元年(781年)に建てられたとされる寺であるが、その所在地については河内国二上山説、山背国男山説など諸説あり、いずれも決め手を欠いている。また、山背国説の中には神願寺を石清水八幡宮の源流として位置づける説もあるが、これも現時点では可能性の範囲に留まる。 和気清麻呂は奈良時代末期から平安時代初期の高級官僚で、歴代天皇の側近として平安京遷都などに力を発揮した。また、僧・道鏡の皇位継承問題にからんで流罪になったことでも知られている。称徳天皇の信任が厚かった僧・道鏡は「八幡大菩薩のお告げ」により皇位を継ぐ者とされていたが、称徳天皇は神意を再確認すべく、和気清麻呂を八幡大菩薩が鎮座する九州の宇佐八幡宮へ派遣した。宇佐から戻った清麻呂は「宇佐八幡は、臣下の者が皇位に就くことを望んでいない」と奏上した。これが道鏡の怒りにふれ、清麻呂と姉の和気広虫(法均尼)は神護景雲3年(769年)それぞれ大隅国と備後国へ流罪となった。道鏡が実際に皇位を望んでいたのかどうか事件の真相には不明な部分もあるが、翌宝亀元年(770年)には、称徳天皇が崩御し、天皇の信望厚かった道鏡は左遷され、入れ代わるように清麻呂と広虫は許されて都に戻ってきた。
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
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創建:824年 指定:国宝 ご利益:厄除け
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