概要
背の低い御室桜で知られる。皇族が住職を務めた門跡寺院。
解説
仁和寺(にんなじ)は、京都市右京区御室大内にある真言宗御室派の総本山の寺院。山号は大内山。本尊は阿弥陀如来。開基(創立者)は宇多天皇。「古都京都の文化財」の構成資産として、世界遺産に登録されている。 皇室とゆかりの深い寺(門跡寺院)で、出家後の宇多法皇が住んでいたことから、「御室御所」(おむろごしょ)と称された。明治維新以降は、仁和寺の門跡に皇族が就かなくなったこともあり、「旧御室御所」と称するようになった。 御室は桜の名所で、春の桜と秋の紅葉の時期は多くの参拝者でにぎわう。『徒然草』に登場する「仁和寺にある法師」の話の舞台である。当寺はまた、宇多天皇を流祖とする華道「御室流」の家元でもある。 普段は境内への入場は無料であり、本坊御殿・霊宝館の拝観のみ有料となる。ただし、御室桜の開花時(4月)に「さくらまつり」が行われ、その期間は、境内への入場にも拝観料が必要となる。 宿坊で宿泊客を受け入れている。御室会館のほか、「松林庵」(しょうりんあん)を改修して高級宿坊としている。 当寺は平安時代前期、光孝天皇の勅願で仁和2年(886年)に建てられ始めた。しかし、光孝天皇は寺の完成を見ずに翌年崩御し、その遺志を引き継いだ子の宇多天皇によって仁和4年(888年)に落成した。当初「西山御願寺」と称され、やがて元号をとって仁和寺と号した。 当寺の初代別当は天台宗の幽仙であった。しかし、昌泰2年(899年)10月に宇多天皇が当寺で出家して宇多法皇となると、翌11月には東寺にて真言宗の益信を戒師として出家し、これを機に当寺の別当を真言宗の観賢に交替させている。これによって当寺は真言宗の寺院として定着することとなった。法皇は、延喜4年(904年)には当寺の伽藍の南西に「御室」(おむろ)と呼ばれる僧坊を建てて当寺に住するようになる。そのため、当寺は「御室御所」とも称された。 その後、代々の別当は宇多天皇の子孫が務めていた。また、天暦6年(952年)4月には朱雀法皇が当寺に移り、8月に崩御している。 こうした流れの中、三条天皇の皇子である性信入道親王が当寺の別当の上に新設された検校に任じられた。これ以降、当寺は皇族の子弟が入る寺院とみなされるようになった。
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
出典 ja.wikipedia.org ↗基本データ
創建:888年 指定:国宝、世界文化遺産 ご利益:厄除け
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出典 ninnaji.or.jp ↗旅の前に知っておくこと
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