概要
本殿は現存最古の神社建築とされる。平安後期の建立。
解説
宇治上神社(うじがみじんじゃ/うじかみじんじゃ)は、京都府宇治市宇治山田にある神社。式内社で、旧社格は村社。隣接する宇治神社とは対をなす。 ユネスコの世界遺産に「古都京都の文化財」の構成資産の1つとして登録されている。 祭神は次の3柱。 左殿:菟道稚郎子命(うじのわきいらつこのみこと) 『日本書紀』では「菟道稚郎子」、『古事記』では「宇遅之和紀郎子」と表記される。応神天皇皇子。天皇に寵愛され皇太子に立てられたものの、異母兄の大鷦鷯尊(後の仁徳天皇)に皇位を譲るべく自殺したという話で知られる。 第15代天皇。菟道稚郎子命の父。 第16代天皇。菟道稚郎子命の異母兄。 延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳で「宇治神社二座」と見える2座のうち1座に比定される。この「二座」を祭神と見た場合、菟道稚郎子を1座とすることは動かないものの、もう1座については父の応神天皇・異母兄の仁徳天皇・母の矢河枝比売とする諸説がある。 創建年代などの起源は明らかではない。宇治上神社のすぐ近くには宇治神社があるが(北緯34度53分27.77秒 東経135度48分38.52秒)、宇治上神社とは二社一体の存在であった。宇治上神社の境内は『山城国風土記』に見える菟道稚郎子の離宮「桐原日桁宮」の旧跡であると伝え、両社旧称の「離宮明神」もそれに因むといわれる。 宇治上神社の境内には「天降石」・「岩神さん」と呼ばれる巨石があり、磐境信仰による創祀という説もある。 延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳では山城国宇治郡に「宇治神社二座 鍬靫」の記載があるが、その2座はそれぞれ宇治神社・宇治上神社に比定される。なお、宇治上神社の本殿は本来左右2棟であるとして、「宇治神社二座」は宇治上神社のみを指すという説もある(3棟の建築年代については後述)。神名帳の「鍬靫」の記載は、祈年祭の際に朝廷から鍬・靫の奉献があったことを意味する。近くに平等院ができると、両社はその鎮守社とされたという。 明治以前は宇治上神社は「上社」・「本宮」、宇治神社は「下社」・「若宮」と呼ばれたほか、両社を合わせて「宇治離宮明神」・「宇治離宮八幡宮」と総称された。 明治に入って宇治神社とは分離し、近代社格制度では村社に列した。
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創建:不詳(古代) 指定:国宝、世界文化遺産 ご利益:学問
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