概要
屋外に建つ五重塔として日本最小。高さ16メートル。
解説
室生寺(むろうじ)は、奈良県宇陀市室生にある真言宗室生寺派の大本山の寺院。山号は宀一山(べんいちさん)または檉生山(むろうさん)。本尊は如意輪観音。「女人高野」の別称がある。 奈良盆地の東方、三重県境に近い室生の地にある山岳寺院である。宇陀川の支流室生川の北岸にある室生山の山麓から中腹に堂塔が散在する。平安時代前期の建築物や仏像を伝える。シャクナゲの名所としても知られ、境内には約3,000本ものシャクナゲが育てられている。 平安時代を通じて興福寺別院としての性格が強く、俗世を離れた山林修行の場、また、諸宗の学問道場としての性格も持っていた。中世以降の室生寺は密教色を強めるものの、なお興福寺の末寺であった。興福寺の傘下を離れ、真言宗寺院となるのは江戸時代のことである。真言宗の拠点である高野山は南西に55キロメートル離れるが、かつては女人禁制であったことから女性の参詣が許されていた室生寺には、「女人高野」の別名がある。しかし、この別名は江戸時代以降のものである。 なお、山号の「宀一」は「室」のうかんむりと「生」の最後の一画だという。 室生の地は火山性地形のため、奇岩や洞穴が多い。室生寺奥の室生川の上流に位置する洞穴は竜穴、すなわち龍神の住み家として信仰を集め、平安時代までには式内社である室生龍穴神社が創設された。当地は祈雨や止雨の霊地とみなされ、朝廷による奉幣も行われた。史料によれば、この寺は奈良時代末期の宝亀年間(770年 - 781年)、桓武天皇の勅命で、興福寺の僧・賢璟(714年 - 793年)によって開かれたと伝えられる(『宀一山年分度者奏状』)。創建については、役小角(役行者)の草創、空海の再興とする伝えもあるが、これらは後世の付託である。 室生寺の創建にかかわる根本史料として、『宀一山年分度者奏状』(べんいちさん ねんぶんどしゃ そうじょう)という文書がある(年分度者とは、毎年人数を限って得度を許された、国家公認の僧のこと)。この文書は承平7年(937年)の作成であるが、現存するものは南北朝時代の写本で、神奈川県立金沢文庫が所蔵する。本文書は年分度者を賜ることを奏上するためのものであるが、その前文に室生寺の歴史について記している。
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
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創建:800年頃 指定:国宝 ご利益:厄除け
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