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新薬師寺

奈良県 · 奈良市 · 神社・寺

Shinyakushiji / 新药师寺

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新薬師寺
写真:Dddeco at Japanese Wikipedia / CC BY-SA 3.0 · 出典 ↗
WHAT TO DO新薬師寺

本堂と十二神将像が国宝。光明皇后が聖武天皇の病平癒を祈って建てた。

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概要

本堂と十二神将像が国宝。光明皇后が聖武天皇の病平癒を祈って建てた。

解説

新薬師寺(しんやくしじ)は、奈良県奈良市高畑町にある華厳宗の寺院。山号は日輪山。本尊は薬師如来。開基(創立者)は光明皇后または聖武天皇と伝える。 奈良時代には南都十大寺の1つに数えられ、平安時代以降は規模縮小したが、国宝の本堂や奈良時代の十二神将像をはじめ、多くの文化財を伝えている。 奈良市街地の南東方、春日大社の二の鳥居の南方に位置する。最盛期には4町(約440メートル)四方の寺地を有し、現在の奈良教育大学のキャンパスあたりまでが新薬師寺の境内地であった。 新薬師寺は奈良時代(8世紀)創建の官立寺院であることは間違いないが、創建の正確な時期や事情については正史に記載がない。平安時代末期成立の『東大寺要録』には、末寺である新薬師寺についての記載があり、同書の巻第一・本願章には「天平19年(747年)、光明皇后が夫聖武天皇の病気平癒のため新薬師寺を建て、七仏薬師像を造った」とある。また、同書巻第六・末寺章によれば、新薬師寺は別名を香薬寺といい、九間の仏堂に「七仏(薬師)浄土七躯」があったという。天平宝字6年3月1日(762年3月30日)の「造東大寺司告朔解」(こくさくげ)という文書(正倉院文書)によると、当時「造香山薬師寺所」という臨時の役所が存在し、香山薬師寺(新薬師寺の別名)の造営がまだ続いていたことがわかる。 『続日本紀』の記載を見ると、聖武天皇の病気は2年前の天平17年(745年)以来のもので、新薬師寺の建立された天平19年(747年)頃は小康状態にあったようである。『続紀』によると、天平17年(745年)9月には聖武の病気平癒のため、京師と畿内の諸寺に薬師悔過(けか)法要の実施を命じ、また諸国に「薬師仏像七躯高六尺三寸」の造立を命じている。新薬師寺の創建は、この七仏薬師造立の勅命にかかわるものとみられている。なお、別の伝承では、聖武天皇が光明皇后の眼病平癒を祈願して天平17年(745年)に建立したともいう。 2023年(令和5年)9月、薬師如来坐像の光背の修復作業に入っており、十二神将全てを拝観は出来ない。同年10月2日 - 6日に、拝観が規制される。

出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)

出典 ja.wikipedia.org ↗

基本データ

創建:747年 指定:国宝 ご利益:厄除け

出典 ja.wikipedia.org ↗

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出典 shinyakushiji.or.jp ↗

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