概要
鳥居がなく、狛犬のかわりに兎が座る。
解説
調神社(つきじんじゃ)は、埼玉県さいたま市浦和区岸町三丁目にある神社。式内社で、旧社格は県社。 別称は「調宮(つきのみや)」。社名の「ツキ」により月待信仰が古くからあり、狛犬ではなく兎の像がある神社として知られる。 祭神は次の3柱。 天照大御神(あまてらすおおみかみ) 豊宇気姫命(とようけびめのみこと) 祭神に関する伝説として、調神社に古くから伝わる七不思議(後述)のうちに「松が無いこと」がある。その伝説では、当地に姉神・弟神がいたが弟神は大宮に行ってしまい、姉神が帰りを待っても弟神は帰って来なかったため、姉神はもう待つことを嫌ったという。この伝説に見える姉神と弟神は、天照大神(当社祭神)と素盞嗚尊(大宮の氷川神社祭神)にあたるといわれる。 他に文献によれば、祭神を瀬織津比咩とする説、調玉命とする説、月読命とする説、日の神・倉稲荷玉命の2柱とする説、天照大神・宇賀御玉神の2柱とする説などがあった。 社記(寛文8年(1668年)の『調宮縁起』)によれば、第9代開化天皇の乙酉年3月に奉幣の社として創建されたという。また第10代崇神天皇の時には伊勢神宮斎主の倭姫命が参向し、清らかな岡である当地を選び、伊勢神宮に献上する調物(貢ぎ物・御調物)を納める倉を建て、武総野(武蔵、上総・下総・安房、上野・下野)すなわち関東一円の初穂米・調の集積所と定めたとする。さらに宝亀2年(771年)6月20日には勅使として藤原朝臣常恣が奉幣を行ったので、これが例大祭(現在は新暦7月20日)の起源になったと伝える。 上記伝承の真偽は定かでないが、『式内社調査報告』等に於いても社名に「調」が見えることから、朝廷への調物(貢ぎ物・御調物)を納める御倉が調神社の前身になったと想定している。関連伝承として調神社の七不思議のうちに「鳥居が無いこと」があり、その中で倭姫命の命により調物の運搬の妨げとなる鳥居・神門を取り払ったことによると伝えており、この伝承も調神社の前身が御倉であったことを表すものとされる。そして伝承中で奉幣があったと伝える宝亀2年(771年)には武蔵国の所属が東山道から東海道に変更されていることから、この街道変更により調物が通らなくなって役割を終えた御倉が神聖視され、神社として奉斎されるようになったのが実際の創建になると推測されている。
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
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創建:不詳(古代) ご利益:開運
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