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高月 渡岸寺観音堂

滋賀県 · 長浜市 · 神社・寺

Doganji / 高月 渡岸寺观音堂

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高月 渡岸寺観音堂
写真:baggio4ever / CC BY 3.0 · 出典 ↗
WHAT TO DO高月 渡岸寺観音堂

国宝の十一面観音。日本彫刻史でも屈指と評される。

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湖北 · 長浜市

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概要

国宝の十一面観音。日本彫刻史でも屈指と評される。

解説

向源寺(こうげんじ)は、滋賀県長浜市高月町渡岸寺にある真宗大谷派の寺院。山号は紫雲山。国宝の十一面観音像を有することで知られる。観音像は当寺に属する渡岸寺観音堂(どうがんじかんのんどう)に安置されている。 天平8年(736年)、当時、都に疱瘡が流行したので、聖武天皇は泰澄に除災祈祷を命じたという。泰澄は十一面観世音を彫り、渡岸寺を建立し息災延命、万民豊楽の祈祷を行い、その後憂いは絶たれたという。その後病除けの霊験あらたかな観音像として、信仰されるようになった。延暦9年(790年)、比叡山延暦寺の開祖で天台宗宗祖である最澄が、勅を奉じて七堂伽藍を建立したという。 元亀元年(1570年)、浅井・織田の戦火のために堂宇は焼失した。しかし観音を篤く信仰する住職巧円や近隣の住民は、観音像を土中に埋蔵して難を逃れ、翌年には浅井氏家臣の井口氏が当地に堂宇を建てて釈迦如来坐像・胎蔵大日如来坐像と共に安置したという。堂宇は無住・無宗派で、近隣の住民が氏仏として大切に管理護持してきた。 延暦年間(782年-806年)、空海が光眼寺を創立、山号を慈雲山とする真言宗寺院であったという。 慶長年間(1596年-1615年)、教如に帰依して浄土真宗に改宗し、光眼寺を廃寺として向源寺を建立したという。 明治21年(1888年)、宮内省全国宝物取調局の九鬼隆一らが渡岸寺の十一面観音像を調査し、日本屈指の霊像と賞賛した。 古社寺保存法に基づく日本初の国宝指定は明治30年(1897年)12月28日付けで行われ、この十一面観音像も国宝に指定された(当時の「国宝」は、文化財保護法における「重要文化財」に相当する)。 国宝指定時の内務省告示における十一面観音像の所有者名は「観音堂」となっている。 十一面観音像は村の共有物であったが、国宝となった以上は村では所有出来ず、明治33年(1900年)、隣地にある向源寺の管理下に入った。 向源寺が属する浄土真宗では、阿弥陀如来以外の仏を本堂に祀ることを認めていないが、この十一面観音像については、向源寺飛地境内観音堂に祀るということで、本山から許可された。 大正14年(1925年)には平安時代建築の様式を取り入れた観音堂が再建された。 昭和17年(1942年)には宗教団体法の規定に基づき、向源寺飛地境内観音堂は正式に向源寺の所属となった。

出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)

出典 ja.wikipedia.org ↗

基本データ

創建:天平期(伝) 指定:国宝 ご利益:厄除け

出典 ja.wikipedia.org ↗

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