概要
日本火出初之社を称する。出雲大社へ火きり臼を渡す神事が続く。
解説
熊野大社(くまのたいしゃ)は、島根県松江市八雲町熊野にある神社。式内社(名神大社)、出雲国一宮。旧社格は国幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。神紋は「一重亀甲に「大」の文字」。 火の発祥の神社として「日本火出初之社」(ひのもとひでぞめのやしろ)とも呼ばれ、出雲大社と共に出雲国一宮である。出雲国造本来の奉斎社であり、意宇六社の一つに数えられている。 紀伊国の熊野三山(熊野国造奉斎社)も有名だが、熊野大社から紀伊国に勧請されたという説と、全くの別系統とする説がある。社伝では熊野村の住人が紀伊国に移住したときに分霊を勧請したのが熊野本宮大社の元であるとしている。 和歌山県御坊市の熊野神社の伝記には「往古出雲民族が紀伊に植民する際にその祖神の分霊を出雲の熊野より紀伊の新熊野に勧請する途中、「当地に熊野神が一時留まりませる」ということが社由緒」となっている。 祭神は次の1柱。 伊邪那伎日真名子 加夫呂伎熊野大神 櫛御気野命 祭神名の「伊邪那伎日真名子(いざなぎのひまなご)」は「イザナギが可愛がる御子」の意、「加夫呂伎(かぶろぎ)」は「神聖な祖神」の意としている。「熊野大神(くまののおおかみ)」は鎮座地名・社名に大神をつけたものであり、実際の神名は「櫛御気野命(くしみけぬのみこと)」ということになる。「クシ」は「奇」、「ミケ」は「御食」の意で、食物神と解する説が通説である。 これは『出雲国造神賀詞』(716年)に出てくる神名を採用したものであり、『出雲国風土記』(733年)には「伊弉奈枳乃麻奈子坐熊野加武呂乃命(いざなぎのまなご くまのにます かむろのみこと)」とある。 現在では、この名は素戔嗚尊の別名であるとする。第84代出雲国造である千家尊祐はこの古典解釈に否定的であり、「祭神はどこまでも熊野の大神であり、その御名をクシミケヌノミコトというとおり、穀物霊であったのである。」と語っている。民俗学者の谷川健一は、平安初期に現実の政治権力を完全に剥奪された出雲国造が、その宗教的権威を高めるために、櫛御気野命をスサノオに習合させたと推察している。 806年から906年の間に成立したとされる『先代旧事本紀』「神代本紀」にも「出雲国熊野に坐す建速素盞嗚尊」とあり、少なくとも平安初期にはすでに櫛御気野命が素戔嗚尊とは同一神と考えられていたことがわかる。
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
出典 ja.wikipedia.org ↗基本データ
創建:不詳(古代) 社格:出雲国一之宮 ご利益:火防、縁結び
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