概要
日本五大稲荷のひとつを称する。約千本の鳥居が参道を覆う。
解説
太皷谷稲成神社(たいこだにいなりじんじゃ)は、島根県鹿足郡津和野町にある神社。別表神社にして旧社格は郷社。通称「津和野のおいなりさん」。日本三大稲荷の一つとされることがあるが、一般的には日本五大稲荷の一つに数えられ、出雲大社に次いで島根県内2位の年間参拝客を数える。 安永2年(1773年)5月15日、津和野藩7代藩主亀井矩貞が、藩と領民安寧のために京都の伏見稲荷大社から勧請を受け、三本松城(津和野城)の鬼門に当たる太皷谷の峰に稲成神社を創建したのに始まる。慶應3年(1867年)7月、津和野藩による神社整理が行われ、津和野乙女山に鎮座する熊野権現社を稲成神社に遷し、相殿として祀り、社号が熊野神社となった。歴代藩主の崇敬を受け藩主以外の参拝は禁止されていたが、廃藩後は庶民も参拝できるようになった。 1923年(大正12年)社殿(現・元宮)を建立。1924年(大正13年)に皇族(当時)・北白川宮富子が参拝時に宝物の寄進をしたため、宝物殿を設置し、養老文庫が設けられた。1927年(昭和2年)に熊野神社から稲成神社と改称される。1935年(昭和10年)に郷社に列格した。参拝者の増加に伴い、1963年(昭和38年)9月に新社殿建設奉賛会が結成され、新社殿の拝殿・本殿が1969年(昭和44年)に建てられ、遷宮が斎行された。古い社殿は「元宮」として現存し、分霊が奉斎されている。 近年は「日本五大稲荷」を称している(他の4社は伏見稲荷大社・笠間稲荷神社・竹駒神社・祐徳稲荷神社)。 津和野城の城山の一角に位置し、江戸期には時刻を知らせる太鼓が鳴り響いた谷間であったことから太鼓谷と呼ばれる。「稲成」と表記するのは、願い事が叶うようにとの思いからとされる。もとより藩主のみ崇敬を許される城内社であったが、ある日城の御蔵番が蔵の鍵を紛失した廉にて切腹の沙汰を申し付けられ、禁を犯して七日七晩願掛けに通ったところ、願い叶って蔵の鍵が見つかり助命されたという故事より、津和野藩主により称号され“成”の字を用いるようになったと伝わる。 全国で唯一「いなり」を「稲成」と表記する神社とされる。なお、同じ「稲成神社」を名乗る(名乗った)他の社は太皷谷稲成神社とは無関係であることを公式サイト上で明らかにしている。 表参道 - 石段が263段あり、鳥居が約1000本建てられている。
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
出典 ja.wikipedia.org ↗基本データ
創建:1773年 ご利益:商売繁盛
出典 ja.wikipedia.org ↗公式サイト
最新の営業時間・料金・休業日は公式サイトで確認してください。
出典 taikodani.jp ↗旅の前に知っておくこと
世界の質問箱から、この資料に関係する疑問を3つ。
みんなの投稿
行った人・住んでいる人からの訂正・体験談・営業時間・翻訳。確認のうえ掲載しています。
この場所について投稿する →同じ場所の別の資料
同じ県の神社・寺
訪問前の確認・参考資料
原資料を掲載しています。営業時間、見学可否、料金、交通は最新の公式情報で確認してください。
この県の工芸・名品
この記述はValue Villageが公開情報をもとに自分で書き起こしたものです。転載はしていません。 対応言語:ja / en / zh
島根県の写真
この資料に関連する地域の参考写真です。掲載施設・商品の写真ではありません。
拡大 ↗島根県の Instagram 投稿(公式アカウントより)
この場所に結びついた投稿はまだありません。県の公式アカウントの投稿を毎分入れ替えて表示しています。