概要
かつては大寺だった。仏像だけが観音堂に残る。
解説
建穂寺(たきょうじ)は、静岡県静岡市葵区建穂にあった真言宗醍醐派の寺院。現在は廃寺となり、観音堂のみが残る。山号は瑞祥山。駿河三十三観音第15番札所。本尊は千手観音で、秘仏であるが毎年8月に公開される。 『建穂寺編年』によると、白鳳13年(662年)、道昭により開基、養老7年(723年)、行基(道昭の弟子)により再興されたとする。その時、寺の傍らの池に春にもかかわらず稲穂が生じていたので建穂寺と称したという。しかし、この頃二人が駿河を訪れたという記録はなく、伝説の域を出ない。 『延喜式神名帳』の延長5年(927年)12月26日の項に、建穂神社の名が見える。 『吾妻鏡』承元3年(1210年)11月24日条には、建福(穂)寺鎮守馬鳴大明神から酉年に合戦があるという神託があり、この日幕府に注進したとあるが、史実として信頼できるとは言いがたい。史実として信頼できるのは、保元3年(1157年)以後の記録である。 江戸時代、徳川家康から480石の朱印を受けたと伝わる。 1870年(明治3年)には火災で寺院の多くを焼失した。現在の観音堂は、1975年(昭和50年)に建穂町内会で寄付を募り、再建された。家康から下賜された朱印状も飾ってある。御朱印は建穂町内会が持ち回りで管理されており、電話すると担当者が駆け付け押印し拝観が可能になる。 木造不動明王立像 - 檜材、一木割矧造。13世紀後半の慶派仏師の作と考えられる。静岡県内に残る不動明王像の中でも優作とされる。 国道一号線バイパス羽鳥インターチェンジより車で約5分(建穂公民館駐車場まで) 石山幸喜『建穂寺編年 現代語訳』建穂寺の歴史と文化を知る会、1999年。 静岡市立藁科図書館 編『藁科物語』 3巻〈ふるさと藁科叢書3〉、1994年。https://dl.ndl.go.jp/pid/13316427/1/18。 ふじのくに倶楽部著「静岡御朱印を求めて歩く礼所めぐり伊豆・駿河・遠州ルートガイド」メイツ出版 2014年
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
出典 ja.wikipedia.org ↗基本データ
創建:白鳳期(伝) ご利益:厄除け
出典 ja.wikipedia.org ↗旅の前に知っておくこと
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