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鑁阿寺

栃木県 · 足利市 · 神社・寺

Bannaji / 鑁阿寺

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鑁阿寺
写真:Toshihiro Matsui / CC BY-SA 3.0 · 出典 ↗
WHAT TO DO鑁阿寺

本堂は国宝。足利氏の館跡がそのまま寺になっており、四方を堀と土塁が囲む。隣接する足利学校は日本最古の学校とされる。

WHERE栃木県

県南 · 足利市

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概要

本堂は国宝。足利氏の館跡がそのまま寺になっており、四方を堀と土塁が囲む。隣接する足利学校は日本最古の学校とされる。

解説

鑁阿寺(ばんなじ)は、栃木県足利市家富町にある真言宗大日派の本山。「足利氏宅跡(鑁阿寺)」(あしかがしたくあと ばんなじ)として国の史跡に指定されている。本堂は国宝に指定されている。日本100名城の一つ。 寺号の詳名は「金剛山 仁王院 法華坊 鑁阿寺(こんごうさん におういん ほっけぼう ばんなじ)」と称する。足利氏の氏寺。本尊は大日如来。 鑁阿寺はもともとは足利氏の館(やかた)であり、現在でも、四方に門を設け、寺の境内の周りには土塁と堀がめぐっており、鎌倉時代前後の武士の館の面影が残されている。 節分行事として鎧年越があり、鎌倉時代に足利泰氏が武者500騎を集めたのが起源とされ、1915年(大正4年)に地元の繊維業者の有志によって武者行列として復活した。 12世紀半ば - 足利氏の祖・源義康が同地に居館(足利氏館)を構える。 1196年(建久7年) - 足利義兼(戒名:鑁阿)が理真を招聘し、自宅である居館に大日如来を奉納した持仏堂、堀内御堂を建立。 1234年(文暦元年) - 足利義氏が伽藍を整備、足利氏の氏寺となる。 南北朝時代 - 鶴岡八幡宮の支配下となる。 1908年(明治41年) - 鑁阿寺本堂が古社寺保存法に基づく特別保護建造物(現行法の重要文化財に相当)に指定される。 1922年(大正11年)3月8日 - 「足利氏宅跡」として国の史跡に指定される。 1950年(昭和25年) - 文化財保護法の制定により、本堂が重要文化財に指定される。 1951年(昭和26年) - 真言宗豊山派から大日派として独立。 2006年(平成18年)4月6日 - 「足利氏館」として日本100名城(15番)に選定される。 2013年(平成25年)8月7日 - 本堂が国宝に指定される。 本堂 - 入母屋造、本瓦葺き。桁行(間口)5間、梁間(奥行)5間(「間」は長さの単位ではなく、柱間の数を指す)。正安元年(1299年)の建立だが、応永14年から永享4年(1407年 - 1432年)の間に大規模な改造が行われ、この時に柱をすべて入れ替え、正面に向拝を付した。平面構成は前方2間分を外陣、後方3間分を内陣及び脇陣とする密教仏堂の形式だが、建築様式は禅宗様を基調とする。

出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)

出典 ja.wikipedia.org ↗

基本データ

創建:1196年 指定:国宝、史跡 ご利益:学問、厄除け

出典 ja.wikipedia.org ↗

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