概要
高岡銅器の技術で鋳造された銅造大仏。地場産業がそのまま形になっている。
解説
高岡大仏(たかおかだいぶつ)は、富山県高岡市大手町の大佛寺にある銅製阿弥陀如来坐像。 台座の内部には回廊があり地獄絵などが展示されていて、中央の部屋には1900年に焼失した木造大仏の頭部が鎮座している。高岡大仏は高岡銅器の職人の技術の結晶と言えるもので、高岡市の象徴的な観光地となっている。高岡市指定有形文化財に指定されている。 奈良大仏、鎌倉大仏に並ぶ日本三大仏を称する。また、小杉大仏、庄川大仏と共に越中三大仏の一つ。なお、江戸時代には奈良大仏(像高約14.7m)、鎌倉大仏(像高約11.39m)、方広寺大仏(京の大仏、像高約19m、1973年火災により焼失)の三尊が日本三大仏と称されていた。 1933年、歌人の与謝野晶子が高岡を訪れた際に、高岡大仏を「鎌倉大仏より一段と美男」と評したとも伝わり、端正な顔立ちの大仏と言われる。 1221年 - 源義勝によって約4.8mの木造大仏が二上山の麓に建立される。 1609年 - 前田利長によって高岡開町。それと共に1221年に建立された大仏を城下に移転。後に焼失。 1745年 - 坂下町の極楽寺の第15代住職である等誉上人の手で、高さ約9.7mの金色の木造大仏が再建される。 1821年 - 1745年に再建された大仏が焼失する。 1841年 - 大仏が再建される。 1900年 - 高岡大火が発生し、大仏も焼失する。 1907年 - 火に強い大仏の再建を望む声が高まる。松木宗左衛門が発願し、高岡銅器の職人の協力のもと、現在の大仏の建立が始まる。 1932年 - 荻布宗四郎などの協力を得て、新しい大仏がほぼ完成。 1933年5月3日 - 5月5日 - 新しい大仏が完成。開眼供養が行われる。 1958年9月 - 円光背が取り付けられる。 1980年 - 補修が行われ、現在の場所に移動(約11m後退)。 4月15日 - 「銅造阿弥陀如来坐像」として高岡市指定有形文化財に指定。 4月19日 - 修補大工事が竣工。 2007年 - 再び補修が行われる。 高岡市の中心市街地に位置している。最寄り駅である万葉線の坂下町停留場には、「高岡大仏口」という副駅名が付いている。 西日本旅客鉄道・あいの風とやま鉄道 高岡駅(徒歩で約10分、車で数分) 万葉線 坂下町停留場(徒歩で数分) 能越自動車道 高岡インターチェンジ(車で約10分)
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
出典 ja.wikipedia.org ↗基本データ
創建:1933年(現大仏) 社格:日本三大仏のひとつとされる ご利益:厄除け
出典 ja.wikipedia.org ↗公式サイト
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