概要
岩美町にある温泉。山陰で最も古いとされ、千三百年の歴史がある。
解説
岩井温泉(いわいおんせん)は、鳥取県岩美郡岩美町(旧国因幡国)にある温泉。 1300年の歴史があるとされ、「湯かむり」という独特の入浴法が伝わる。1973年(昭和48年)3月30日、国民保養温泉地に指定された。 旧表記 - 含芒硝石膏泉 (石膏性苦味泉、芒硝性苦味泉) (※新旧の表記については泉質参照) 蒲生川にいくつかの支流が合流する開けた場所にあり、温泉街は国道9号から分かれた脇道の左右に形成されている。 宿泊施設は3軒。共同浴場は1軒、町営の「ゆかむり温泉」が存在する。 岩井温泉は、古くは「蒲生湯」(蒲生川沿いにある)、「銀湯」、「島根ノ御湯」と呼ばれていた。 開湯は859年(貞観元年)とされ、平安時代の「八古湯」の一つに数えられる。 伝承では、清和天皇の治世に藤原冬嗣の子孫 で藤原冬久という者がおり、若くして皮膚病を患った。冬久は絶望して旅に出るが、岩井で出会った巫女の神杖で温泉を見出し、病が治癒したという。冬久はその後、巫女をモデルに薬師如来像を彫り、東源寺の本尊とした。 冬久が京を出て当地に至った事情については異説がある。冬久は聡明な人物で、母親に寵愛された。母は長男を退けて次男の冬久を立てようとするが、冬久はそれでは道義に反するとして、狂人を装って家を出て、流浪の旅に出た。岩井に至ったところで、医王の権現である美女に導かれて温泉を拓いたものである。 ほかにも、薬師如来が温泉を湧出させたとの開湯伝説がある。 冬久はその地を故郷の京都・宇治にちなんで「宇治」と名付けて田畑の開墾を指導し、庶民から「宇治長者」と崇敬された。いまの「宇治」地区は温泉街とは蒲生川をはさんだ対岸にある。 貞観2年(860年)に温泉の評判が清和天皇の聞くところとなり、冬久へ材木と土地を下賜した。これによって温泉の浴槽が造営され、それ以来、冬久の子孫が代々、温泉の経営にあたったという。 『全國温泉案内』によれば、鎌倉時代の末期、正中の変や元弘の乱に伴う争乱によって温泉は廃れたとされる。「戦国期の戦乱」によって源泉が埋まってしまったとも伝えられている。これを再興したのが江戸時代の鳥取藩主池田光仲である。 当地は日本海に近いとはいえ少し内陸に入っているため気候は比較的穏やかな地で、山陰と京都を結ぶ街道の峠下にあり、湯治客の集まる温泉町、街道の宿場町として栄えた。
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
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