概要
戦後の復興を願って始まった。大型飾りが商店街を覆う。
解説
湘南ひらつか七夕まつり(しょうなんひらつかたなばたまつり)は、神奈川県平塚市で行われる七夕の祭りで、日本三大七夕祭や関東三大七夕祭りの一つ。 開催日程は年度によって微妙に異なるものの、2007年までは7月7日と土日を挟んだ前後数日間に行われることが殆どだった。2008年は7月4日~7月7日まで開催し、2009年からは最終日を日曜日にすべく7月第一木曜から4日間の開催になったため、開催日が7月7日に被らない年も出てくるようになった(例:2009年は7月2日(木)~5日(日)の開催)。7月開催の由来は、当時は新暦による開催地がなく注目度が増加することや、飾り物が旧暦の開催地に対し譲渡できる利点がある事などを、平塚市第7・8代市長の戸川貞雄が自著で述べている。ただし、例年梅雨が明けきっていないため雨天になりがちで、観客動員上問題視する向きもある。実際、2015年は開催期間中の全日程で雨天に見舞われた。 2011年以降は東日本大震災の影響等による安全対策優先のため、開催日程・エリア等の規模を縮小し、開催期間が7月第一金曜から3日間となった。特に2011年は節電対応のため夜の七夕飾り点灯が中止された。 七夕飾りは市全体で約3,000本、湘南スターモール(旧東海道本通り)には大型の竹飾りが83本飾り付けられている。七夕飾りは各商店が費用を負担しているため、展示規模の縮小化が懸念されている。一方、市民の竹飾り参加が近年顕著となっている。吹流しなどに電飾がなされており、昼間とは違う雰囲気が楽しめる。仙台七夕の飾りは和紙で作られていて電飾がなされておらず、深夜は片付けられるのに対し、平塚の飾りはソフトビニール製で電飾がなされており、夜も楽しめるところが異なる。 第二次世界大戦中、平塚市には海軍火薬廠があったため、1945年7月の空襲で焼野原となり、終戦後の1950年7月に復興まつりが開催された。その後、平塚商工会議所、および、平塚市商店街連合会が中心となり、仙台市の仙台七夕まつりを模範とした第1回「平塚七夕まつり」が1951年7月に行われた。1952年と1953年には「平塚七夕音頭」が発表された。回数を重ねるごとに規模が拡大していき、1957年の第7回平塚七夕まつりからは、当時の市長である戸川貞雄の方針により平塚市の主催となった。
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
出典 ja.wikipedia.org ↗基本データ
創建・開業:1951年
出典 ja.wikipedia.org ↗旅の前に知っておくこと
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