概要
奇岩の渓谷。禅海和尚が30年かけて掘った隧道。
解説
耶馬渓(やばけい)は、大分県中津市にある山国川の上・中流域及びその支流域を中心とした渓谷。日本三大奇勝として知られ、日本新三景に選定され、名勝に指定されている。耶馬日田英彦山国定公園に含まれる。 新生代第四紀の火山活動による凝灰岩や凝灰角礫岩、熔岩からなる台地の侵食によってできた奇岩の連なる絶景である。凝灰岩や凝灰角礫岩の山には風食作用や河川の洗掘作用によってできた洞窟も多い。 1818年(文政元年)に頼山陽が擲筆峰周辺(耶馬溪町柿坂地区)を訪れ、当時の「山国谷」という地名に中国風の文字を宛て、「耶馬渓天下無」と漢詩に詠んだのが、耶馬渓という名前の起こりである。頼山陽が耶馬渓と命名したのは、現在単に「耶馬渓」と呼ばれている辺りだけであるが、その後周辺の渓谷についても「耶馬渓」という名称が使われ、本耶馬渓・裏耶馬渓・深耶馬渓・奥耶馬渓などと称している。 一時、明治の激動の中で大量の土地が売りに出されたが、1894年に福澤諭吉が子らと故郷の中津に里帰りした際、それを知り景観保全のために私財を投じて親族名義で競秀峰の土地を購入した。 1916年(大正5年)に日本新三景の一つに選ばれている。1923年(大正12年)には名勝に指定され、1950年(昭和25年)に一帯が耶馬日田英彦山国定公園に指定された。名勝としての指定地域は、中津市のほか、日田市、宇佐市、玖珠町、九重町を含む。また、2017年(平成29年)には「やばけい遊覧〜大地に描いた山水絵巻の道をゆく」として日本遺産に認定されている。日本三大奇勝のひとつともされる。 なお、「山国谷」に「ヤマ」と「クニ」の音が含まれること、「耶馬」は「邪馬」と字形が似ており「ヤマ」とも読めることから、邪馬台国の比定地をこの地に求める説もあるが、上述のように耶馬渓という名前は江戸時代まではなかったのであり、他の面からの研究によってもその可能性は低いと考えられている。 本耶馬渓(ほんやばけい)は、青の洞門や競秀峰を中心とする山国川上流一帯。青の洞門は羅漢寺の禅海和尚が、参拝客が難所を渡る際に命を落とさないよう、ノミ一本で掘り抜いたトンネルで、菊池寛が『恩讐の彼方に』を上梓したことで、全国にその名を知られることになった。なお、禅海和尚は隧道を開通させた後は利用者から通行料を徴収したことから国内初の有料道路とも言われている。
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
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