本文へ移動
日本国内の地域・文化・観光資料 / 営業日や料金などは掲載元の最新情報をご確認ください。

Value Village

閑谷学校

岡山県 · 備前市 · 建築

Shizutani Gakko / 闲谷学校

この資料を保存・計画
地図で見る →AI旅程を考える
閑谷学校
写真:by Reggaeman / CC BY-SA 3.0 · 出典 ↗
WHAT TO DO閑谷学校

世界最古級の庶民のための公立学校。講堂が国宝。

WHERE岡山県

備前 · 備前市

CHECK BEFORE YOU GO訪問前に確認

営業日、料金、予約、撮影可否、季節条件は公式情報で確認してください。

Instagram で見る

この場所の名前のハッシュタグ。押すと Instagram のタグ一覧が新しいタブで開きます。

概要

世界最古級の庶民のための公立学校。講堂が国宝。

解説

閑谷学校(しずたにがっこう)は、江戸時代前期に岡山藩によって開かれた庶民のための学校。所在地は岡山県備前市閑谷。「旧閑谷学校」として特別史跡に指定され、講堂は国宝に指定されている。 岡山藩主池田光政によって開設された、日本最古の「庶民のための学校」である(なお、「庶民による学校」で日本最古は「含翠堂」である)。 藩士のための教育施設(藩校)「岡山学校」に続き、岡山藩立の学校として開かれた。建築は2期に分けて行われ、32年の月日を費やした。他に例をみない手間隙かけた質とスケールを誇り330余年の歴史をもっている。地方の指導者を育成するために武士のみならず庶民の子弟も教育した。また、広く門戸を開き他藩の子弟も学ぶことができた。就学年齢は8歳頃から20歳頃までであった。カリキュラムは1と6の付く日には講堂で儒教の講義があり、5と10の付く日は休日となっているなどであった。頼山陽などの著名人も来訪し、幕末には少年時代の大鳥圭介もここで学んだ。また大鳥圭介の他にも、多くの哲学・科学関係の訳語を考案したことで知られる西周も少年時代にここで学んだという。 岡山藩は学校領を設け藩財政より独立させ、学田や学林を運営させた。これにより、もし転封や改易により藩主が交替となった場合においても学校が存続するよう工夫した。ここに岡山藩がこの学校をいかに重要視していたか、その一端が窺える。 建造物のうち、講堂が国宝に指定され、小斎・飲室・文庫・聖廟・閑谷神社・石塀など24棟が国の重要文化財に指定されている。また、旧閑谷学校は、周辺の津田永忠宅跡及び黄葉亭などを含め、国の特別史跡に指定されている。2本の巨大な楷(かい)の木や周辺のもみじが美しく、秋の紅葉名所でもある。 講堂の床には漆が塗ってあり、手の脂で漆が禿げてしまうため、 手で触ってはいけないと言われている。 1666年10月、池田光政は津田永忠の案内で閑谷を訪問し、この地に学校を設置することを決め家臣の藤岡内助を普請奉行に命じた。1669年、池田光政は岡山城下の西中山下に岡山藩学校を設置した。続いて1670年(寛文10年)、池田光政は津田永忠に閑谷学校の建設を命じた。津田は閑谷に転居し建設が始まる。1674年までの4年間に、学房・飲室・講堂・聖堂などが完成したが、当時は茅葺きの質素な建物であった。

出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)

出典 ja.wikipedia.org ↗

基本データ

創建・開業:1670年 指定:国宝、史跡

出典 ja.wikipedia.org ↗

公式サイト

最新の営業時間・料金・休業日は公式サイトで確認してください。

公式サイトを開く ↗

出典 shizutani.jp ↗

旅の前に知っておくこと

世界の質問箱から、この資料に関係する疑問を3つ。

みんなの投稿

行った人・住んでいる人からの訂正・体験談・営業時間・翻訳。確認のうえ掲載しています。

この場所について投稿する →

同じ場所の別の資料

同じ県の建築

この分類をすべて見る

訪問前の確認・参考資料

原資料を掲載しています。営業時間、見学可否、料金、交通は最新の公式情報で確認してください。

この県の工芸・名品

工芸・ものづくり特産品・お土産

この記述はValue Villageが公開情報をもとに自分で書き起こしたものです。転載はしていません。 対応言語:ja / en / zh

岡山県の Instagram 投稿(公式アカウントより)

この場所に結びついた投稿はまだありません。県の公式アカウントの投稿を毎分入れ替えて表示しています。