概要
高さ5メートルの人形灯籠が「ラッセラー」の声で練る。
解説
青森ねぶた祭(あおもりねぶたまつり)は、青森県青森市で8月2日から7日に開催されるねぶた。 毎年、100万人以上の観光客が訪れる。1980年に国の重要無形民俗文化財に指定された。東北三大祭りの一つとされている。 ねぶたの起源に関しては主に以下の三つの説が知られている。 坂上田村麻呂が蝦夷征伐の際、敵をおびき寄せるため、ねぶたを海に流したことに由来するという説。 文献上の初出は江戸時代初期の『東日流由来記』とされるが、この文献は坂上田村麻呂の伝承を記した『田村の草子』と津軽為信による津軽藩と南部藩の戦いの歴史が融合して創作されたものと考えられている。 この説は明治時代に入って津軽地方で広まり、青森ねぶた祭りの最優秀団体に与えられる賞として「田村麿賞」が創設されるほど浸透していった(ただし現在では「ねぶた大賞」と名称変更されている。後述)。 しかし、坂上田村麻呂の軍勢は最北で志波城(盛岡市)までしか北上していないと考えられ否定されるようになった。 江戸時代の『津軽徧覧日記』にある説で、文禄2年(1593年)7月に津軽為信が京都で行われていた盂蘭盆会に家臣の服部康成に命じて「津軽の大灯籠」を作らせて町を練り歩かせたところ大評判だったことから、国元の弘前でも開催さ徧覧日記』は津軽為信の京都滞在から200年後の著作で信頼性に乏しく、服部康成が家臣となった時期も誤っており一般には否定されている。ただし、これより後の時代に津軽為信または子の津軽信枚と服部康成が、津軽において京都の灯籠行事を行ったとする仮説も唱えられている。 七夕行事の「眠り流し」と仏教に由来する「灯籠流し」が融合して発展したという説。 坂上田村麻呂説と津軽為信説が否定されるようになり、七夕起源説が一般的に信じられるようになった。しかし、日本海側で古くから実施されていた民間行事の眠り流しが、津軽藩の公式行事となる灯籠行列として大規模に運行されるようになった経緯は必ずしも明らかにはなっていない。京都または近江から弘前に移住した人々によって京都の灯籠行事がもたらされたとする説もある。 なお、青森市内では浅虫ねぶたのある浅虫地区のほか、大星神社、雲谷地区、浪岡地区にねぶた発祥伝承がある。
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
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