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上川神社

北海道 · 旭川市 · 神社・寺

Kamikawa Jinja / 上川神社

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上川神社
写真:No machine-readable author provided. Shoyuramen assumed (based on copyright claims). / Public domain · 出典 ↗
WHAT TO DO上川神社

旭川の総鎮守。神楽岡の丘に鎮まり、屯田兵による開拓の歴史と結びつく。

WHERE北海道

道北 · 旭川市

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概要

旭川の総鎮守。神楽岡の丘に鎮まり、屯田兵による開拓の歴史と結びつく。

解説

上川神社(かみかわじんじゃ)は、北海道旭川市にある神社。旧社格は県社。 境内社として旭川天満宮(あさひかわてんまんぐう)がある。 天照大神(あまてらすおおみかみ) 大己貴大神(おおなむちのおおみかみ) 少彦名大神(すくなひこなのおおみかみ) 近文神社の合祀により祭神となった神 豊受姫神(とようけひめのかみ) 大物主神(おおものぬしのかみ) 天乃香久山神(あめのかぐやまのかみ) 建御名方神(たけみなかたのかみ) 譽田分命(ほんだわけのみこと) 鍋島直正命(なべしまなおまさのみこと) 黒田清隆命(くろだきよたかのみこと) 永山武四郎命(ながやまたけしろうのみこと) 岩村通俊命(いわむらみちとしのみこと) 菅原道真命(すがわらみちざねのみこと) 1893年(明治26年):上川地方の開拓守護の神並びに旭川の鎮守として、現在の旭川市宮下通4丁目より7丁目に至る地(北海道 (令制)石狩国上川郡)に天照大神1柱を奉祀したのを創祀とする。当時の同地は源義経伝説にちなんで「義経台」と呼ばれており、宮下通4丁目の忠別川河川敷には2026年現在も「古跡義経台」の碑が残るが、半ば放置状態となっている。 なお創立については、神号を記した「標木」を建てて奉祀した7月15日とする説と、仮社殿を建てて奉祭した9月17日とする2つの説がある。 1898年(明治31年)7月:旭川市6・7条通8丁目に奉遷。 1902年(明治35年)12月:旭川市宮下通21丁目に奉遷。 1903年(明治36年)1月26日:創立を許可される。 1904年(明治37年)7月:大己貴命と少彦名命の2柱を合祀。 1906年(明治39年)11月26日:村社となる。 1907年(明治40年)6月1日:神饌幣帛料供進神社に指定された。 1913年(大正02年)11月14日:無格社の近文神社(1906年(明治39年)8月27日に創立を公認された)を合祀。 1915年(大正04年)6月29日:郷社となる。 1923年(大正12年)12月18日:県社に昇格。 1924年(大正13年)6月6日:明治時代に上川離宮の建設が計画され、実現には至らなかったものの皇室御領地となっていた現在地に移転した。 1955年(昭和30年)7月1日:神社本庁の別表神社に指定される。 1966年(昭和41年):太宰府天満宮から分霊を行い、境内社旭川天満宮を設ける。

出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)

出典 ja.wikipedia.org ↗

基本データ

創建:1893年 ご利益:開運、厄除け

出典 ja.wikipedia.org ↗

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