概要
直径2メートルの木桶に、職人が石を円錐に積み上げる。二年寝かせる工程がそのまま蔵の景観になっている。
解説
八丁味噌(はっちょうみそ)は、愛知県岡崎市八丁町発祥の長期熟成させた豆味噌。 米麹や麦麹を用いず、原材大豆の全てを麹にした豆麹で作られる豆味噌の一つである。 水で洗った大豆を浸漬し、水を切り、蒸し、冷まし、ミンチにして味噌玉に丸めて種麹をまぶして室で4日かけて豆麹を作り、味噌麹に白塩と水を加えて木製(6尺)の大桶に空気を抜きながら味噌を敷き詰め、その上から石積みして、長期間(1年半から2年以上)天然醸造される。腐敗を防ぐために塩分濃度を高めているため、独特の渋みとうまみが特徴である。 愛知県岡崎市のまるや八丁味噌の場合、直径・高さとも2メートル程度の桶200本にそれぞれ約6トンの味噌を仕込み、麻の布をかぶせた上から合計約3トンの石を手積みする。大きさや形が異なる大小様々な石(外約60kg、内11kg、頂点9㎏)を加重が均一になるよう組み合わせ、「二夏二冬」熟成させる。一番上に置く石は「まんじゅう石」と言われる。同市のカクキューも「二夏二冬」(2年以上)天然熟成させる。カクキューは麻布ではなく、木蓋をかぶせる。 八丁味噌は愛知県岡崎市八帖町・八丁町が発祥。同市同町の製造業者は大田弥治右衛門家を由来とする「まるや八丁味噌」と、早川久右衛門家を由来とする「合資会社八丁味噌」(カクキュー)の2社が有名。 岡崎市八帖町・八丁町はかつて「八丁村」といった。これは岡崎城より西へ八町(約870メートル)離れていたことに由来する。この八丁村は矢作川の伏流水による湧き水が豊富で、かつ東海道の水陸交通の要地であった。すぐそばに矢作橋が架設されており、舟運(八丁土場と呼ばれた)も同時に恵まれていた。そこで、兵食として重要視されてきた味噌を、軍需物資の兵站基地として形成された八丁村で製造することに着目した早川久右衛門家(現・カクキュー)と大田弥治右衛門家(現・まるや八丁味噌)が当地で味噌醸造を創業した。すなわち「八丁味噌」の始まりである。 岡崎出身の武将、徳川家康の健康と長寿と支えたのは「麦飯と豆味噌」だったと言われ、戦国時代には岡崎で豆味噌が製造されていたものと考えられる。
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
出典 ja.wikipedia.org ↗基本データ
創建・開館:1645年 代表作・所蔵:木桶に石を三トン積む、江戸期からの土蔵 ジャンル:建築
出典 ja.wikipedia.org ↗旅の前に知っておくこと
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