概要
内部を寺の建築に模して作る。木地・彫刻・金具・蒔絵・箔押しの職人が分業で仕上げる。国の伝統的工芸品。
解説
三河仏壇 (みかわぶつだん) は、愛知県の三河地域一帯で作られている仏壇。押入れの幅と高さ、奥行きに合わせて台を低くし、三杯引き出しをしつらえた設計がなされている。 三河仏壇の特徴は、押入れに合う大きさという条件のもと仏壇を豪華に見せる工夫がなされていることである。それが、欄間の彫りや屋根の小長押に見られる「うねり長押(なげし)」という仕様に表れている。このうねり長押によって美しい宮殿(くうでん)がよく見え、ご本尊と仏像を拝みやすい構造になっている。 三河仏壇は、同じ三河地区の豊橋筆、常滑焼などとともに、経済産業大臣指定の伝統的工芸品の1つに選定されている(第六次指定、昭和51年12月15日)。また、2008年(平成20年)6月には、特許庁の地域団体商標に登録されている(商標登録番号、第5145953号)。権利者は三河仏壇振興協同組合。 三河地方に浄土真宗が伝播したのは鎌倉時代のことだった。その教えは室町時代、広くこの地方の民衆の間に根付きはじめ、仏壇の製造がはじまった。徳川家康の生誕地でもあった現在の岡崎市は幕府の庇護を受け、仏教の発展とともに仏壇の一大製造地として発達していった。岡崎市には、愛知・岐阜・長野の県境に流れを発し知多湾まで、全長およそ117kmに及ぶ一級河川矢作川が流れている。もともと小さな支流の集まりであったこの川は、徳川家康の命で治水事業を推進したことにより、水運の要衝となった。矢作川を伝い上流から流れ着く松や杉、檜などの木地に加え、三河北部で良質な漆が採取されていたこと、三河地方には高度な鋳造、鍛造技術が伝わっていたことなど、仏壇製造にとって好条件が揃っていた岡崎の地で、1704年(元禄17年)、仏壇師であった庄八家が三河仏壇の製造をはじめた。 三河仏壇は、8つの製作工程を経て完成する。それぞれを担当する職人を総称して「八職」と呼ぶが、そのうち木地師が手掛ける最初の工程を「木地造り」という。木地造りでは、木取りした約30 の部品をほぞ組して仏壇の外郭を作る。ほぞ組の際、にかわなどを塗って合わせたはぎ板を炭火で炙って締め付ける「はぎ付加工」という独特の技術を用いるのは、三河仏壇ならではの特徴です。 仏壇の外郭ができあがったら、次は宮殿師による「宮殿造り」である。宮殿とは仏像や仏会を安置する木地の中央部分をいい、屋根、柱、須弥壇などから成っている。
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
出典 ja.wikipedia.org ↗基本データ
創建・開館:1690年代 代表作・所蔵:宮殿造の内部、うねりのある高欄 ジャンル:漆芸、彫刻、金工
出典 ja.wikipedia.org ↗旅の前に知っておくこと
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