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小石原焼

福岡県 · 東峰村 · 美術・工芸

Koishiwara Ware / 小石原焼

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小石原焼
写真:Ka23 13 / CC BY-SA 4.0 · 出典 ↗
WHAT TO DO小石原焼

回る器に鉋を当てて連続した削り跡を付ける「飛び鉋」で知られる。柳宗悦が「用の美」の代表として挙げた。国の伝統的工芸品。

WHERE福岡県

筑後 · 東峰村

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概要

回る器に鉋を当てて連続した削り跡を付ける「飛び鉋」で知られる。柳宗悦が「用の美」の代表として挙げた。国の伝統的工芸品。

解説

小石原焼(こいしわらやき)は、福岡県朝倉郡東峰村にて焼かれる陶器。主に生活雑器が焼かれる。 江戸時代前期の1682年(天和2年)に、福岡藩3代藩主・黒田光之が肥前国伊万里から陶工を招いて窯場を開いたのが始まりである。1669年(寛文9年)から同地で茶陶を手がけていた高取焼との交流により発展し、陶器が作られるようになった。 器をろくろで回しながら、刃先やハケなどを使い規則的に入れる独特の幾何学的模様が特徴である。その技法には化粧土を刷毛で塗る刷毛目、工具による削り目が特徴の飛び鉋、櫛描き、指描き、流し掛け、打ち掛けなどがある。 伝統的には材料の粘土は皿山地区の小石原陶土を乾燥、粉砕、水簸して製造するが、1960年代以降は他産地陶土の使用も増えている。釉薬には木灰、藁灰のほか、小石原錆土、酸化銅、べんがら、赤谷長石などが用いられる。古くは窯に入れる前に施釉する生掛けだったが、現在は素焼き後の施釉が多い。 柳宗悦によって提唱された民藝運動の中で小鹿田焼が脚光を浴びた後、そのルーツである小石原も注目されるようになり、1954年(昭和29年)、柳やバーナード・リーチらが小石原を訪れ、「用の美の極致である」と絶賛したことで全国的に知られるようになった。1958年(昭和33年)ブリュッセルで開かれた万国博覧会日本館第3部出品でのグランプリ受賞、1961年(昭和36年)の日本工芸館小石原分館(現在の小石原工芸館)の設立によってさらなる発展を遂げ、1975年(昭和50年)には陶磁器では日本初となる伝統的工芸品に指定された。 2020年(令和2年)時点、44軒の窯元がある。このうち9軒の窯元と東峰村商工会が2008年、「小石原ポタリー」という食器のブランドを始めた(ポタリーは陶器を意味する英語)。サイズや形を規格化したうえで厳しく検品して品質を管理し、模様は窯元間で競作する。 江戸時代中期、小石原焼の陶工・柳瀬三右衛門が黒木十兵衛の招きを受けて、小石原焼の技法を現在の大分県日田市の小鹿田村に伝えたことから、小鹿田焼とは兄弟窯の関係にある。なお、現在も小鹿田では柳瀬三右衛門の子孫らが窯元として残っている。 山本博文(監修)『江戸三〇〇藩 物語藩史 九州篇』洋泉社〈歴史新書〉、2015年12月18日。ISBN 978-4-8003-0811-5。

出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)

出典 ja.wikipedia.org ↗

基本データ

創建・開館:1682年 代表作・所蔵:飛び鉋、刷毛目、打ち刷毛目 ジャンル:工芸・陶芸、民藝

出典 ja.wikipedia.org ↗

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