概要
白山信仰の総本宮。全国3,000社の総本社で、平安期の獅子狛犬など奉納品が伝わる。
解説
白山比咩神社(しらやまひめじんじゃ)は、石川県白山市三宮町にある神社。式内社、加賀国一宮。旧社格は国幣中社で、現在は神社本庁の別表神社。 全国に2,000社以上ある白山神社の総本社である。通称として「白山(しらやま)さん」「白山権現」「加賀一の宮」「白山本宮」とも。神紋は「三子持亀甲瓜花」。 石川県・福井県・岐阜県の県境に位置する白山(標高2,702m)の山麓に鎮座し、白山を神体山として祀る神社である。 元は、手取川の畔にある現在の古宮公園の場所に鎮座していたが、室町時代に火災で焼失し、現社地に遷座した。また白山山頂の御前峰には奥宮も鎮座し、山麓の社殿はこれに対して「下白山」または「白山本宮」と呼ばれていた。 境内には国宝の刀剣(銘 吉光)のほか、重要文化財が多数伝えられている。 主祭神は以下の3柱。 白山比咩大神 - 菊理媛神(くくりひめのかみ)と同一神とされる。 白山は日本三霊山にも数えられ、古代から崇敬の対象であった。社伝由緒によれば、崇神天皇の時代に白山を遥拝する「まつりのにわ」が創建された。元正天皇の霊亀2年(716年)に安久濤の森に遷座して社殿堂塔が造立された、と伝わる。 養老元年(717年)に越前の修験僧・泰澄大師によって白山に登って開山。主峰・御前峰に奥宮が創建され、白山妙理大権現が奉祀された、と伝わる。 史料文献では、白山比咩神(しらやまひめのかみ)が仁寿3年(853年)10月に従三位に初叙されたという記録が初出となる。 以後、一宮制度で加賀国一ノ宮と定められ、白山本宮・加賀一ノ宮の白山比咩神社は、平安時代中期から鎌倉時代を経て、室町時代前期に至る約500年間栄えた。 また、白山信仰の禅定道の拠点でもあり、越前馬場・平泉寺白山神社、美濃馬場・長滝白山神社と並ぶ加賀馬場(ばんば)として、白山山頂の管理や入山料の徴収などの利権で潤った。 しかし康正元年(1455年)以降加賀国に入った本願寺の加賀一向一揆のため年貢米が得られなくなり困窮する。さらに文明12年(1480年)には大火により全焼する。 長享2年(1488年)三宮の地を本宮鎮座の地と定める。 享禄4年(1531年)加賀一向一揆の戦乱で再び社殿を焼失し白山衆徒は廃絶、社殿は再興できず長く荒廃した。 文禄5年(1596年)白山本宮の社殿堂塔復興の綸旨を受けた前田利家により復興がなされた。
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
出典 ja.wikipedia.org ↗基本データ
創建・開館:1712年 代表作・所蔵:重要文化財 木造獅子狛犬、白山信仰の資料 ジャンル:彫刻、古美術・仏教美術
出典 ja.wikipedia.org ↗公式サイト
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