本文へ移動
日本国内の地域・文化・観光資料 / 営業日や料金などは掲載元の最新情報をご確認ください。

Value Village

土佐の闘犬と祭の造形

高知県 · 高知市 · 美術・工芸

Tosa Fighting Dogs and Festival Form / 土佐の闘犬と祭の造形

この資料を保存・計画
地図で見る →AI旅程を考える
土佐の闘犬と祭の造形
写真:Lilly M / CC BY-SA 2.5 · 出典 ↗
WHAT TO DO土佐の闘犬と祭の造形

土佐犬に相撲の横綱を模した化粧まわしを着ける。刺繍の装束が動物に着せられる珍しい例。

WHERE高知県

中央 · 高知市

CHECK BEFORE YOU GO訪問前に確認

営業日、料金、予約、撮影可否、季節条件は公式情報で確認してください。

Instagram で見る

この場所の名前のハッシュタグ。押すと Instagram のタグ一覧が新しいタブで開きます。

概要

土佐犬に相撲の横綱を模した化粧まわしを着ける。刺繍の装束が動物に着せられる珍しい例。

解説

土佐闘犬(とさとうけん)は、犬の品種の1つ。四国犬をルーツに持ち、近代日本で闘犬用に獰猛な大型洋犬と交配改良されて作られた。一般的には土佐犬(とさけん)と称されることが多いが、これは元々四国犬を指す名称であり、土佐闘犬が正式名称である。 鎌倉時代あるいは室町時代から闘犬は行われており、藩士の士気を高めるため土佐藩で四国犬を使った闘犬が幕末の頃から盛んになった。 嘉永から安政年間(1848年~1860年)にかけては庶民の間にも流行し、度々禁止令が出されたが、密かに飼育する愛犬家が後を絶たないため、武士の名義を借りた『預かり犬』として飼育する苦肉の策が採られた。 明治維新後、明治4年(1871年)の廃藩置県の年に庶民に対する畜犬禁止令が解禁されたが、解禁の反動による闘犬の急拡大を懸念した高知県は闘犬取締令を出し、土佐闘犬は順次捕獲されて撲殺による駆除が行われる。この方針に愛好家などから批判が高まり、自由党総理を辞任して帰県した板垣退助の尽力もあり、1897年9月に闘犬取締り規則(高知県令第七十三号)が発布され、課税による許可制に移行し、高知で闘犬が解禁される。 1907年には山内家下屋敷で皇太子時代の大正天皇を招き、闘犬大会が催される。 強い土佐犬を所有することがステータスとなり、民間の闘犬大会も開かれるようになる。それ以降高知県が闘犬の本場として名を上げていき、最盛期の1917年頃には全国から200頭以上の闘犬が集まった。 その後、四国犬にイングリッシュ・マスティフ、オールド・イングリッシュ・ブルドッグ、セント・バーナード、ブル・アンド・テリア、グレート・デーンなどを配して作られたタイプの大型犬種が多数を占めるようになり、元来の防犯用に飼育されていた純粋な四国犬は駆逐されていった。 1933年に全国的な組織として土佐犬普及会が発足。1935年に品種を固定し血統書を発行した。 1937年の支那事変の際は土佐犬普及会が闘犬による慰問を行った。 1942年頃から食糧事情悪化による飼育難で数が激減し、高知県では計13頭の犬の疎開を断行。本土空襲激化により終戦頃には高知県内の土佐闘犬は絶滅した。 戦後直後の土佐闘犬の数は東北に雄10頭と雌5、6頭、九州に2頭であった。

出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)

出典 ja.wikipedia.org ↗

基本データ

創建・開館:江戸期 代表作・所蔵:横綱の化粧まわし、刺繍の装束 ジャンル:染織

出典 ja.wikipedia.org ↗

旅の前に知っておくこと

世界の質問箱から、この資料に関係する疑問を3つ。

みんなの投稿

行った人・住んでいる人からの訂正・体験談・営業時間・翻訳。確認のうえ掲載しています。

この場所について投稿する →

同じ県の美術・工芸

この分類をすべて見る

訪問前の確認・参考資料

原資料を掲載しています。営業時間、見学可否、料金、交通は最新の公式情報で確認してください。

この県の工芸・名品

工芸・ものづくり特産品・お土産

この記述はValue Villageが公開情報をもとに自分で書き起こしたものです。転載はしていません。 対応言語:ja / en

高知県の Instagram 投稿(公式アカウントより)

この場所に結びついた投稿はまだありません。県の公式アカウントの投稿を毎分入れ替えて表示しています。