本文へ移動
日本国内の地域・文化・観光資料 / 営業日や料金などは掲載元の最新情報をご確認ください。

Value Village

平和台公園と埴輪園

宮崎県 · 宮崎市 · 美術・工芸

Haniwa Garden, Heiwadai Park / 平和台公園と埴輪園

この資料を保存・計画
地図で見る →AI旅程を考える
平和台公園と埴輪園
写真:そらみみ / CC BY-SA 4.0 · 出典 ↗
WHAT TO DO平和台公園と埴輪園

西都原から出た埴輪を複製し、林の中に400体を並べる。屋外に置くことで、本来の立ち方に近づけている。

WHERE宮崎県

宮崎 · 宮崎市

CHECK BEFORE YOU GO訪問前に確認

営業日、料金、予約、撮影可否、季節条件は公式情報で確認してください。

Instagram で見る

この場所の名前のハッシュタグ。押すと Instagram のタグ一覧が新しいタブで開きます。

概要

西都原から出た埴輪を複製し、林の中に400体を並べる。屋外に置くことで、本来の立ち方に近づけている。

解説

平和台公園(へいわだいこうえん)は、宮崎県宮崎市下北方町の丘陵地にある都市公園。宮崎県総合文化公園とともに『パークマネージメント宮崎』が管理する。宮崎交通の接続もあり。 平和の塔(八紘之基柱、八紘一宇の塔)があることで知られる。 平和台公園のほとんどの土地はとある一家の土地だった。 「紀元2600年記念事業」として宮崎県奉祝会が中心となり、『八紘之基柱』(あめつちのもとはしら)の建設と周辺広場の造成を実施。作業員延べ66,500人、総工費67万円をかけて1940年(昭和15年)11月25日に完成した。1942年(昭和17年)10月には大日本帝国逓信省(現在の日本郵便)が、4銭普通切手として国威発揚のデザインとして採用され、富士山とともに描かれていた。 太平洋戦争後、GHQにより『大東亜戦争』・『八紘一宇』などの言葉が国家神道を連想させるとして1946年(昭和21年)1月に「八紘一宇」の文字と武人の象徴である荒御魂像(あらみたま)が取り除かれ、名称も『平和の塔』と改められた。 1957年(昭和32年)4月2日に都市公園として指定されることにより、都市公園としての整備も進められる。これに伴い平和の塔の復元が決定され、1962年(昭和37年)10月5日に荒御魂像が、1965年(昭和40年)1月30日には八紘一宇の文字がそれぞれ復元された。1964年(昭和39年)の東京オリンピックでは平和の塔が聖火リレーの第2スタート地点となった。 現在では平和の塔が宮崎県の代表的な観光地のひとつとして、運動広場や自然散策路などが地元住民のレクリエーション施設として機能している。 高さ36.4メートル、面積1,070平方メートル、体積834立方メートル。世界各地の切石1,789個(縦45センチメートル、横60センチメートル)を含む石材で構成されている。 塔は御幣を表している。正面には秩父宮雍仁親王による「八紘一宇」の文字が刻まれており、四隅には正面(東側)から時計回りに漁人である『奇御魂』(くしみたま)、武人である『荒御魂』、商工人である『和御魂』(にぎみたま)、農耕人である『幸御魂』(さちみたま)の四魂像(信楽焼で高さ4.5m)が配置されている。内部には天孫降臨や波限の産屋、神武天皇即位、葦原中国平定、明治維新、世界地図、紀元2600年が描かれたレリーフがあるが、一般公開はされていない。

出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)

出典 ja.wikipedia.org ↗

基本データ

創建・開館:1940年 代表作・所蔵:西都原の埴輪の複製400体、塔の周りの林 ジャンル:彫刻、古美術・仏教美術

出典 ja.wikipedia.org ↗

公式サイト

最新の営業時間・料金・休業日は公式サイトで確認してください。

公式サイトを開く ↗

出典 h.park-miyazaki.jp ↗

旅の前に知っておくこと

世界の質問箱から、この資料に関係する疑問を3つ。

同じ県の美術・工芸

この分類をすべて見る

訪問前の確認・参考資料

原資料を掲載しています。営業時間、見学可否、料金、交通は最新の公式情報で確認してください。

この県の工芸・名品

工芸・ものづくり特産品・お土産

この記述はValue Villageが公開情報をもとに自分で書き起こしたものです。転載はしていません。 対応言語:ja / en

宮崎県の Instagram 投稿(公式アカウントより)

この場所に結びついた投稿はまだありません。県の公式アカウントの投稿を毎分入れ替えて表示しています。