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国東半島の六郷満山

大分県 · 国東市 · 建築

Rokugo Manzan of Kunisaki / 国东半岛的六乡满山

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国東半島の六郷満山
写真:NASA, cropped and edited by OiOiO / Public domain · 出典 ↗
WHAT TO DO国東半島の六郷満山

神と仏を分けずに信仰した寺院群が半島に散る。石で彫った仁王像が参道に立ち、寺と寺を結ぶ山道が修行路になる。

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概要

神と仏を分けずに信仰した寺院群が半島に散る。石で彫った仁王像が参道に立ち、寺と寺を結ぶ山道が修行路になる。

解説

六郷満山(ろくごうまんざん)は、大分県国東半島一帯にある、約100カ所の仏教寺院・岩屋群の総称である。六郷は両子山を中心とした山稜の間に開かれた6つの郷、満山はそこに築かれた寺院群を指し、古くから六郷満山文化と呼ばれる独特の山岳宗教文化が栄えた。「六郷山」として国の史跡に指定されている。 伝説によれば、仁聞菩薩が、養老2年(718年)頃に、国東半島の各地に28の寺院を開創し、6万9千体の仏像を造ったといわれている。実際には、国東半島に古来あった山岳信仰の場が、奈良時代末期から平安時代にかけて寺院の形態を取るようになったものである。古来の山岳信仰が、近隣の宇佐神宮及びその神宮寺である弥勒寺を中心とする八幡神信仰、さらには天台宗系修験道と融合した結果、神仏習合の独特な山岳仏教文化が形成されたと言われる。今日でも、33の寺院と番外に宇佐神宮を加えた「国東六郷満山霊場」(国東半島三十三箇所)が構成されている。 国東半島には、中央にそびえる両子山から放射状に伸びる谷筋に沿って、武蔵(むさし)、来縄(くなわ)、国東(くにさき)、田染(たしぶ)、安岐(あき)、伊美(いみ)の6つの郷が開け、六郷と呼ばれていた。また、国東半島の寺院群は、学問をするため本山(もとやま)、修行をするための中山(なかやま)、布教をするための末山(すえやま)の3つの群に分けられ、これらは合わせて満山と呼ばれていた。このことから、国東半島の寺院を総称して六郷満山と呼ぶようになった。 八幡信仰と天台修験が融合し発達した国東半島独自の宗教文化。国東半島の大部分が宇佐八幡の荘園だった奈良・平安時代に八幡宮や神仏習合の六郷満山寺院が多数建造されて特異な宗教文化が生まれ、平安末期には国東半島だけで約1000の伽藍があったという。その後時代が下るにつれ、鎌倉仏教系、禅宗系、浄土真宗系寺院への転向や建立がなされ、独特の伝統行事や習俗文化が育まれ、今に引き継がれている。国宝の富貴寺大堂に代表される平安建築や、熊野磨崖仏をはじめ、六郷満山文化が最盛期だった平安時代の古仏や石窟など石造美術も多く遺る。 修正鬼会は、旧正月(1-2月)に六郷満山の寺院で行われていた火祭り。この行事に登場する鬼は、悪鬼ではなく、祖先が姿を変えたものとされる。

出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)

出典 ja.wikipedia.org ↗

基本データ

創建・開館:8世紀 代表作・所蔵:神仏習合の寺院群、石造の仁王像、峯入りの行道 ジャンル:建築、彫刻

出典 ja.wikipedia.org ↗

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出典 millennium-roman.jp ↗

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