概要
大正期に造られた大名家の庭。邸宅の座敷から見る角度を計算して石と水が置かれている。国の名勝。
解説
毛利邸(もうりてい)は、毛利家が近代(江戸時代後)に建てた邸宅である。現存する毛利邸には、山口県防府市にある毛利宗家の本邸(現在の毛利氏庭園と毛利博物館)と、下関市にある長府毛利家の邸宅(長府毛利邸)がある。 明治維新後に爵位を得て公爵となっていた旧長州藩主毛利家の毛利元昭が、国許に建てた邸宅と庭園。東京ではなく山口に場所を定めたのは、明治23年(1890年)に毛利元徳が定めた家憲により、公爵毛利家の本拠は山口の「土地健康にして且つ交通便利の地」にすることが規定されていたことによる。東京の高輪邸(後述)や、江戸時代に三田尻に建てられていた三田尻邸(三田尻御茶屋)に対して、多々良邸(又は防府邸)とも呼ばれていた。完成直後に大正天皇が宿泊したのを始め、その後も何度か天皇・皇后が宿泊している。現在では、邸宅・庭園をあわせて国指定の名勝となっている。また、邸宅の一部が毛利博物館となっており、国宝や重要文化財など2万点を所蔵・展示している。所在地は、防府市多々良一丁目15番1号(北緯34度3分46.3秒 東経131度35分14.4秒)。 明治25年(1892年) - 用地買収を終えて着工するが、日清戦争・日露戦争により工事を中止する。 大正元年(1912年) - 9月に改めて着工。 大正5年(1916年) - 完成。 昭和30年(1955年) - 山口県の名勝に指定される。 昭和42年(1967年) - 邸宅の一部を改装して毛利博物館となる。 平成8年(1996年) - 3月に毛利氏庭園として国の名勝に指定される。 平成23年(2011年) - 本邸が重要文化財となる。 元長州藩士で、当時内務大臣であった井上馨が、多々良山の南麓に場所を選定したとされる。敷地面積は約5万3千平方メートル。本邸は、建築面積1,002平方メートル、10棟60部屋から成るヒノキ造りの木造瓦葺き。軒唐破風付きの車寄せや格天井の広間などの書院造を踏襲した和風建築であるが、シャンデリアの電灯を備え、椅子とテーブルを備えた絨毯敷きの応接室(唯一の洋室)もある。また、建材にコンクリート(塀や柱の中空部分や石垣の裏側をコンクリートで補強している)やトタンを用いたり、湯殿には大理石の浴槽に湯の出る蛇口を備えるなど、当時の最新技術が随所に用いられていた。
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
出典 ja.wikipedia.org ↗基本データ
創建・開館:1916年 代表作・所蔵:国の名勝、邸宅と一体の池泉庭園 ジャンル:建築、野外・ランドアート
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