概要
久留米の靴工場。足袋づくりから始まった土地で、縫製とゴム底の加硫を行う。
解説
アサヒシューズ株式会社は、日本の靴メーカー。本社は福岡県久留米市。ゴム・タイヤメーカーのブリヂストンの源流でもある。 ムーンスター(旧・月星化成)、アキレス等と並んで、ゴム靴メーカーとして知られている。国内では数少ないVP製法(直接加硫圧着式製法)の靴底製造を行える会社でもある。久留米市ではムーンスター、ブリヂストンとあわせて「ゴム三社」と呼ばれている。 1998年3月に経営破綻し、東京地方裁判所に会社更生法適用を申請するが、東京地裁では倒産案件が膨大で迅速な受理が望めなかった。そのため久留米市に本社を再移転し、福岡地方裁判所に会社更生法適用を改めて申請。この年は株式会社創立80周年にあたるが、記念行事は取りやめを余儀なくされた。当時操業中だった製造子会社6社のうち、アサヒゴム加工及び西南旭の2社はその後生産を再開したが、北海道アサヒを含む4社は自己破産し清算に至った(後述)。これらを含め、関連企業や取引先等の倒産は全国で52社に及んだ。同時期、ベルマーク運動の協賛を撤退した。2001年に更生計画が認可され、再建にあたっては取引先の三井物産やサンリオなど15社から出資等の支援が行われた。また、かつて関連会社だったブリヂストンからも、久留米市内の工場での人員受入れ等の形で協力が行われた。 2016年12月には弁済を終え、2017年3月、福岡地裁から会社更生手続の終結決定を受けた。 1988年6月のCI採用により日本ゴム株式会社から株式会社アサヒコーポレーションに改称するが、企業イメージを明確にするため、2017年4月にアサヒシューズ株式会社へと再改称した。 1892年 - 石橋徳次郎が久留米市おこん川町(現・久留米市日吉町5-51その他)において仕立物業「志まや」を創業。足袋の製造を始める。 1914年 - 商標として長年使われる、太陽(朝日)を背に波を打つマークが採用される。このマークは、アサヒビールの初代シンボルマーク(社章)と少し似ている。その後、アサヒビールは波の位置をシンボルマークの下側に変更した。 1918年6月 - 会社に改組し日本足袋株式会社を設立。二代目石橋徳次郎が社長、その弟の正二郎が専務取締役にそれぞれ就任。 1922年 - 貼り付け式足袋(地下足袋)発売。
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
出典 ja.wikipedia.org ↗基本データ
分野:靴・縫製加硫
出典 pref.fukuoka.lg.jp ↗公式サイト
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出典 asahi-shoes.co.jp ↗旅の前に知っておくこと
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情報確認日:2026-09-03
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