概要
豊岡の鞄。杞柳細工から続く産地で、国内の鞄の大半を作る。
解説
豊岡鞄(とよおかかばん、Toyooka Kaban)は、兵庫県豊岡市で生産されている鞄。奈良時代より続く柳行李(豊岡杞柳細工)をルーツとしている。2006年(平成18年)11月に特許庁が導入する地域団体商標制度の地域ブランドに認定された。 円山川下流域に広がる豊岡盆地では、奈良時代より円山川に自生するコリヤナギを編んだ柳行李(豊岡杞柳細工)が作られており、江戸時代後期には豊岡藩の奨励により杞柳産業として確立した。 豊岡鞄の源流は1881年(明治14年)に八木長右衛門が第2回内国勧業博覧会(東京・上野)に出品した3本革バンド締めの行李鞄とされている。豊岡鞄として初めて販売されたものは、1917年(大正6年)に柳行李に漆を塗り錠前を取り付けた「新型鞄」を奥田平治が創案して販売したものが最初とされている。 同市で製造された鞄は「豊岡産」「豊岡製」「日本製」などと呼ばれ、そのうち兵庫県鞄工業組合が定めた基準を満たす企業の優れた製品を、商標登録している地域ブランド「豊岡鞄」として認定している。 1881年(明治14年) - 八木長右衛門が第2回内国勧業博覧会に行李鞄を出品する 1917年(大正6年) - 奥田平治が「新型鞄」を売りに出す 1928年 - 1931年頃 - 新素材を使用した繊維鞄が商品化される 1936年(昭和11年) - ベルリンオリンピックの選手団のかばんに豊岡鞄(ファイバー鞄)が採用される 1938年(昭和13年) - 組合員60名、月産約8万個となる 1941年(昭和16年) - 月産14万個に達するが、この頃より戦火の拡大に伴い材料の確保が困難となる 1949年(昭和24年) - 初めて鞄産業が豊岡町の工産品生産高の第1位となる 1952年(昭和27年) - この頃から豊岡市の主産業が「柳行李」から「ファイバー鞄」になる 1953年(昭和28年) - この頃からビニールレザー素材が出現する 1956年(昭和31年) - オープン協会が設立される 1968年(昭和43年)11月 - 豊岡鞄工業センター(豊岡鞄団地)が造成される 1983年(昭和58年) - コンピュータミシンが導入される 1989年(平成元年) - 日本の鞄生産量の8割を生産し、日本一となる 1990年(平成2年)3月 - 兵庫県商工部が「豊岡鞄産地振興ビジョン」を策定する
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
出典 ja.wikipedia.org ↗基本データ
分野:かばん・縫製産地
出典 web.pref.hyogo.lg.jp ↗出典 web.pref.hyogo.lg.jp ↗旅の前に知っておくこと
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情報確認日:2026-09-03
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