概要
静岡の賤機焼。地元の土で焼く。
解説
賤機焼(しずはたやき)は、静岡県静岡市で焼かれる陶器。 江戸時代初期に太田七郎衛門によって開陶、徳川家康から「賤機焼」の称号を授かり、徳川家の御用窯として繁栄した。しかし、文政の末期、安倍川の洪水によって窯場が流失、以後は衰退の一途を辿った。明治に入って、太田萬二郎の手によって再興が試みられるが、往年の勢いは戻らなかった。しかし、明治時代の中頃に入ると、県が郷土の地場産業再興に乗り出し、八番町で窯業を営んでいた青島庄助が再興させる。二代目五郎が常滑の技術を、三代目秋果が南蛮手という焼締めの技術を採り入れるなど尽力し、民窯として復活した。 なお、古い賤機焼には「鬼福」と呼ばれる意匠が残されている。これは徳川家康が三方ヶ原の戦いので武田軍を駆逐した際、「鬼は外、福は内」と叫びを上げながら戦ったという逸話に因んでいる。太田七郎右衛門がこの話にあやかって、外は鬼瓦の形、内は福面を描いた盃を献上し、家康から賤機焼の称号を受けたと伝わる。
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
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分野:陶芸
出典 pref.shizuoka.jp ↗旅の前に知っておくこと
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情報確認日:2026-09-03
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