概要
赤城山頂のカルデラ湖に浮かぶように社が立つ。
解説
赤城神社(あかぎじんじゃ)は、「赤城」を社名とする神社。群馬県の赤城山を祀る神社である。 関東平野北西縁に立つ赤城山を神体山として祀る神社である。山頂にあるカルデラ湖の大沼・小沼や、火口丘の地蔵岳、そして赤城山そのものに対する山岳信仰に由来する。 全国には関東地方を中心にして約300社の赤城神社があるといわれ、その中でも特に山腹の三夜沢赤城神社または山頂の大洞赤城神社が総本宮とされる。 延長5年(927年)成立の『延喜式神名帳』には、名神大社として「上野国勢多郡 赤城神社」と記載があり、以下の3社が論社とされている。 赤城神社(大洞赤城神社) (群馬県前橋市富士見町赤城山、北緯36度33分10.10秒 東経139度11分0.56秒) - 旧郷社。 赤城神社(三夜沢赤城神社) (群馬県前橋市三夜沢町、北緯36度29分03.94秒 東経139度10分41.08秒) - 旧県社。 二宮赤城神社 (群馬県前橋市二之宮町、北緯36度22分02.08秒 東経139度10分03.56秒) - 旧郷社。 3社の経緯や比定を巡る議論については、下記歴史節や各社項目を参照。 信仰の成立や各社の創建は、いずれも明らかではない。山名自体も『万葉集』には「久路保の嶺ろ」と記されており、8世紀頃までは「くろほのねろ」と称されていた。赤城南麓を流れる粕川の水源としての信仰(水源地・小沼への信仰)と、最高峰の黒檜山などへの雷神信仰、および赤城山そのものへの山岳信仰が集まって成立したとみられている。 また、当地の豪族・上毛野氏が創始したとする説もあり、各社で社伝として上毛野氏との関係性が伝えられている。「赤城」の由来の一説として、上毛野氏が歴史編纂にあたって祖先と発生地を「紀(き = 紀伊)」地方に求め、祖先の名を「とよき(豊城入彦命)」・信仰する山を「あかき(赤城山)」とした、と関連づける考えもある。 そのほか、『金槐和歌集』における源実朝の歌にある「からやしろ」の表現から、「漢(= 中国)社」または「韓(= 朝鮮)社」と見て海外に由来を求める説もある。 六国史には神階記事として、『続日本後紀』839年(承和6年)に従五位下、『日本三代実録』867年-874年(貞観9年-16年)に昇叙し、880年(元慶4年)従四位上に叙せられた記録が残る。
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
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