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妙義神社

群馬県 · 富岡市 · 神社・寺

Myogi Jinja / 妙义神社

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妙義神社
写真:photo: Qurren (talk) Taken with Canon IXY 10S (Digital IXUS 210) / CC BY-SA 3.0 · 出典 ↗
WHAT TO DO妙義神社

奇岩で知られる妙義山を背負う。日本三大奇景のひとつに数えられる山容そのものが信仰の対象。

WHERE群馬県

西毛 · 富岡市

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概要

奇岩で知られる妙義山を背負う。日本三大奇景のひとつに数えられる山容そのものが信仰の対象。

解説

妙義神社(みょうぎじんじゃ)は、群馬県富岡市にある神社である。旧社格は県社。 上毛三山の一つである妙義山の東麓に鎮座し、妙義山信仰の中心となっている神社である。江戸時代は関東平野の北西に位置し、江戸の乾(戌亥)天門の鎮めとして、家運永久子孫繁昌を願って歴代の徳川将軍家に深く信仰された。 近年は大河ドラマのロケ地としても使用されている。総門をくぐると銅鳥居で、その先に165段の石段があるが、ここは、2005年の『義経』で、牛若丸が修行する鞍馬寺という設定でロケ地になった。また、2009年の『天地人』においても、雲洞庵のシーン撮影は当社で行われた。 2007年の台風による土砂崩れで一部被害が出たため修復が必要となり、本殿につながる階段以降は立ち入り禁止となった際は、波己曽社殿を仮殿と定めていた。復旧工事は2013年12月に完了し、本殿も5年ぶりに一般公開された。 創建は、宣化天皇2年(537年)と伝わる。 神仏習合時代、妙義神社には別当(神社を管理する寺)として上野寛永寺の末寺である白雲山高顕院石塔寺があった。現在の妙義神社の総門は、明治の初めに廃寺となった石塔寺の仁王門である。神社の総門となった現在も、左右に仁王像が祀られている。 現在の社殿は、宝暦年間(1751年 - 1764年)の大改修によるものである。古くは波己曽(はこそ)神社といい、『日本三代実録』に記載がある。 妙義神社 7棟 - 昭和56年(1981年)6月5日、本殿・幣殿・拝殿・唐門・総門の指定。令和6年(2024年)12月9日、随神門・廻廊・銅鳥居・御殿(附棟札2枚)・社務所・附波己曾社本殿及び拝殿・附棟札2枚の追加指定。 本殿・幣殿・拝殿(附 神饌所1棟、透塀1棟、棟札1枚、銘札1枚、旧屋根銅瓦1枚) 江戸時代後期(1756年)の建立。本殿、桁行三間、梁間二間、一重、入母屋造。幣殿、桁行三間、梁間一間、一重、両下造。拝殿、桁行三間、梁間二間、一重、入母屋造、正面千鳥破風付、向拝一間、軒唐破風。。 唐門 - 江戸時代後期(1756年)の建立。桁行一間、梁間一間、平唐門、銅瓦葺。 総門 - 旧白雲山石塔寺の仁王門。江戸時代後期(1773年)の建立。三間一戸八脚門、切妻造、銅板葺。 附指定:波己曾社本殿及び拝殿1棟、棟札2枚 紙本著色地蔵菩薩霊験記(東京国立博物館に寄託) - 南北朝時代の作品。

出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)

出典 ja.wikipedia.org ↗

基本データ

創建:537年(伝) 指定:重要文化財 ご利益:開運、山岳信仰

出典 ja.wikipedia.org ↗

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