概要
鹿島神宮の元宮とする伝承をもつ。
解説
大生神社(おおうじんじゃ、おうじんじゃ)は、茨城県潮来市にある神社。旧社格は郷社。 健御雷之男神 (たけみかづちのおがみ) 表記は異なるが、鹿島神宮祭神に同じ。 社伝では、飯富族(オフ:多氏)の大和から常陸への移住の際、氏神として祀られたといわれる。境内周辺には大生古墳群も残っており、オフ一族の奥津城(墓)とされている。 当社の創建年代には、大別して次の2説がある。 太古から当地に鎮座。 神護景雲元年(767年)、大和国春日遷幸(鹿島神勧請による春日大社創建)。 大同元年(806年)2月11日、当地に遷還。 大同2年(807年)、鹿島に遷幸し跡地(大生)に分霊を奉斎。 大同元年(806年)11月14日、多神社から遷座し創建。 以上2説から、春日社の創建に関して鹿島神宮が性格を変え、その変化に当社が関与したものと見られている。そのため、当社には「鹿島の本宮」・「元鹿島の宮」という呼称もある。 国史・神名帳等の文献には当社に関する記載はない。 鹿島神宮が発展するに伴い、当社鎮座地は神宮に包摂されて末社となり、当社の例祭には神宮から物忌が出輿したという。中世には当地の豪族・大生氏からの崇敬を受けた。大生氏はのちに没落したが、江戸幕府からは祭田・山林の安堵を受けた。 明治に入り、近代社格制度において郷社に列した。 境内には多くの巨木が生育し、昼でも薄暗いほどの樹叢を形成している。樹叢は300余種の植物からなっているが、暖地性樹林の特徴を示す植物が多く生育し、樹齢が数百年を経るものも多数ある。極相林の状態にあって生態学的にも貴重であるとして、樹叢は県の天然記念物に指定されている。 本殿は、安土桃山時代の天正18年(1590年)の造営。三間社流造で、間口6メートル・奥行7メートル。地方社殿としては大きく、また当地方では最古の社殿建造物であり茨城県の文化財に指定されている。 そのほか、拝殿と斎殿が潮来市の文化財に指定されている。 東家(鹿島神宮社家)の文書によると、大同元年11月14日に勅によって大生の神を奉斎したので、11月14日から16日を例祭としているという。現在もこの期間内の15日に行なわれている。また、古くは鹿島神宮から物忌(ものいみ:神宮の斎宮)がこの祭に出輿したとされているが、物忌が境内から出て祭祀する神社は当社のみであった。
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
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創建:不詳(古代) ご利益:勝運
出典 ja.wikipedia.org ↗旅の前に知っておくこと
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