概要
波間の岩に立つ鳥居。日の出が正面から差す。
解説
大洗磯前神社(おおあらいいそさきじんじゃ)は、茨城県東茨城郡大洗町にある、大己貴命と少彦名命を祀る神社。式内社(名神大社)。旧社格は国幣中社で、現在は神社本庁の別表神社。 東に太平洋を臨む大洗海岸の丘上に社殿が鎮座する。祭神が降臨したと伝えられる磯に、波を受けながら建つ「神磯(かみいそ)の鳥居」は当社および大洗町の象徴となっており、初日の出でも有名である。大洗美術館には、神磯の鳥居を額装された絵に見立てて眺められる「風景窓画」が設けられている。 那珂川対岸の茨城県ひたちなか市にある酒列磯前神社と深い関係にあると言われ、両社で一つの信仰を形成している。 中世には戦乱で荒廃し、江戸時代になって水戸藩第2代藩主の徳川光圀と次代の綱條により再興した。本殿、拝殿、随神門が茨城県・大洗町の文化財に指定されている。 大己貴命(おおなむちのみこと) 大国主命の別名。国造りを行うため、境内前方の岬の岩礁に降臨したとされる。 少彦名命(すくなひこなのみこと) 酒列磯前神社祭神で、その分霊。大己貴命とともに国造りを行なったとされる。 国造りにおいて『古事記』『日本書紀』『風土記』などの神話では大己貴命と少彦名命の2神が併せて登場することから、当社に限らずこの2神の組み合わせで祀る神社は多い。また、当社では大己貴命を七福神の大黒天とも見なしている。 『日本文徳天皇実録』によると、平安時代初期の斉衡3年(856年)に常陸国鹿嶋郡の大洗磯前に神が現れたとされる。 そして、大己貴命(大奈母知)が大洗に、少彦名命(少比古奈命)が酒列に祀られ、両社の創建となったと伝えられている。 平安時代中期の『延喜式神名帳』には「常陸国鹿嶋郡 大洗礒前薬師菩薩明神社」と記載され、名神大社に列している。 永禄年間(1558年-1570年)には戦乱で荒廃した。江戸時代前期の元禄3年(1690年)、水戸藩主の徳川光圀により造営が起工され、綱條の代で現在の本殿、拝殿、随神門が完成した。 明治18年(1885年)、近代社格制度において国幣中社に列した。現在では公称を「大洗磯前神社」としている。 『日本文徳天皇実録』によると、天安元年8月7日(857年8月30日)に官社となり、同年10月15日(11月5日)に「薬師菩薩名神」の号を授かった。 本殿は一間社流造で茅葺。享保15年(1730年)に現在地に遷座した。
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
出典 ja.wikipedia.org ↗基本データ
創建:856年 ご利益:開運、航海安全
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出典 oarai-isosakijinja.or.jp ↗旅の前に知っておくこと
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