概要
加藤清正をまつる。熊本城の本丸のそばにあり、天守を間近に望む位置に建つ。
解説
加藤神社(かとうじんじゃ)は、熊本県熊本市の熊本城内にある神社である。 正月三が日の参拝者数は年々増加しており、藤崎八旛宮に匹敵する人数となっている。 加藤清正公を主祭神とし、祭神に殉じた大木兼能公、韓人(朝鮮人)金官(きんかん)公を配祀する。 元は慶長16年(1611年)の清正の歿後に清正を祀った浄池廟であった。慶長19年(1614年)、火災で焼失した本妙寺が浄地廟に移された。 神仏分離により明治元年(1868年)、浄地廟の儀式を神式で行うこととなり、同4年、浄池廟・本妙寺より神社を分け、熊本城内に社殿を造営して錦山神社(にしきやまじんじゃ)とした。場所は大天守、小天守、宇土櫓に囲まれた平左衛門丸である。同年、大木兼能と金官を合祀した。同7年、熊本城内に熊本鎮台が置かれるのに伴い、城外の新堀町(現在の京町一丁目)に遷座し、翌8年県社列格、同10年2月、西南戦争により社殿を焼失し(神体は健軍神社に避難していた)、明治17年に再建した。明治42年(1909年)に、錦山神社から加藤神社に改称された。乃木希典も加藤清正を信仰していたこともあり、各地に分霊を祀る加藤神社ができた。同44年にはハワイに、大正3年(1914年)には日本統治下の朝鮮・京城府(現 大韓民国ソウル特別市)に当社の分霊を祀る加藤神社が創建された(京城府の加藤神社は戦後に廃社。跡地は聖山教会になっている)。加藤清正を祭る神社は一時90社を数えるが、一部例外(鹿児島県など)を除き全国的に分布し、その約半分は熊本県にある。昭和27年(1952年)、宗教法人加藤神社となった。同37年、道路改修のため、熊本城内の現在地に遷座した。 白井永二・土岐昌訓編集『神社辞典』東京堂出版、1979年、97-98頁 鈴木喬『熊本の神社と寺院』熊本日日新聞社、1980年、24-25頁 日本歴史地名大系44『熊本県の地名』平凡社、1985年、409-410頁 角川日本地名大辞典編纂委員会編『角川日本地名大辞典43 熊本県』角川書店、1987年、301-302頁 熊本市電A系統・B系統 熊本城・市役所前停留場より徒歩8分(630m) 熊本桜町バスターミナルより九州産交バス山鹿方面・玉名方面の路線に乗車し「家庭裁判所前」下車すぐ 九州自動車道熊本インターチェンジより8.5㎞
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創建:1871年 ご利益:勝運、開運
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