概要
金属の神・金山彦命をまつる総本宮。この連載で刃物と金属の産地を何度も見てきた——堺、越前、高知、燕三条、高岡。その人たちが手を合わせに来る場所がここ。産業には、それを支える信仰が伴う。
解説
南宮大社(なんぐうたいしゃ)は、岐阜県不破郡垂井町にある神社。古くから「なんぐうさん」と呼ばれる。正式旧称は南宮神社。式内社(名神大社)、美濃国一宮。旧社格は国幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。南宮大社は金属の総本宮として全国の金属業・鉄鉱業・鍛冶屋から厚い信仰を集めている。 岐阜県西部、南宮山の山麓に鎮座する。美濃国府跡が現在の岐阜県不破郡垂井町府中に所在する。その国府の南に位置する宮として「南宮」を名乗った。鉱山を司どる神である金山彦命を祭神としており、古くから全国の鉱山・金属業の総本宮として、信仰を集めてきた。また美濃一の宮として源頼朝らの厚い尊崇を受けていたが関ケ原合戦の際に焼失した。 境内には1642年、春日局の願いを受け、三代将軍・徳川家光によって再建された下向橋、石輪橋を前に、和様と唐様を折衷した独特の「南宮造」と呼ばれる建築様式の高舞殿、楼門が並び、回廊など18棟が残っており、国の重要文化財に指定されている。51年毎に式年遷宮が、行われている。 金山彦命 (かなやまひこのみこと) 社伝では、崇神天皇の時代に創建されたとされる。 壬申の乱(672年)においては天武天皇が戦勝を祈願したと伝わる。 天平11年(739年)行基が宮処寺を開き、後に最澄が南宮大社と習合し神宮寺となったとされる。 平安時代中期の『延喜式神名帳』には「美濃国不破郡 仲山金山彦神社」と記載され名神大社に列している。また、美濃国一宮とされた。 天慶3年(940年)に天慶の乱の平定を祈願して延暦寺から阿闍梨が派遣された。 寛仁6年(1017年)、後一条天皇から駅鈴を給付された。この鈴は現存し、宝物殿で保管されている。また、美濃国一宮とされた。 承久3年(1221年)に起きた承久の乱では朝廷方についたため、社領を没収された。弘安3年(1280年)には元寇撃退を祈念して梵鐘が鋳られて奉納された。この鐘は後に真禅院、大垣八幡神社を経て徳勝寺に移り、重要文化財に指定されている。 文亀元年(1501年)4月、社殿や僧房が悉く焼失する火災が起きたが、守護の土岐政房により復興が行われ、永正8年(1511年)に完成した。 天正17年(1589年)、豊臣秀吉が朱印状を給付し社領360石が認められる。 慶長5年(1600年)、関ヶ原の戦いで焼失し、1642年に徳川家光が岡田善政を奉行として再建した。
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
出典 ja.wikipedia.org ↗基本データ
創建:不詳(古代) 社格:美濃国一之宮 指定:重要文化財 系統:{'name': '金山彦神をまつる社', 'count': '全国の鉱山・金属業の総本宮とされる'} ご利益:金運、勝運
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