概要
山中に建つ茅葺きの社殿が重要文化財。
解説
松苧神社(まつおじんしゃ)は、新潟県十日町市犬伏(いぬぶし)の松苧山にある神社。「松苧大権現」とも呼ばれる。本項では、犬伏の松苧神社以外にも、平成の大合併後の十日町市を中心とした地域に点在している松苧神社にも触れる。 松之山郷(十日町市の旧松代町と旧松之山町)を含む東頸城地方は、新潟県の東南部に位置する。この地域には高峰はないものの平地も少なく、保倉川や渋海川などの川沿いがところどころ開けている以外はほとんどが山間の傾斜地で占められている。この地域からは縄文土器や石器が発掘されていることから、古代より先住民族(高志族)が住んでいたと推定されている。後述のように高志族を代表する存在が松苧神社の祭神、奴奈川姫命であり、総社である犬伏の松苧神社本殿には奴奈川姫命が祀られている。 また奴奈川姫命は織物の神として尊崇されていた。織物の生産を守る神の存在として松苧神社が意味づけられ、各地に作られることになった。松苧神社は旧松代町に12社、旧松之山町に6社、旧大島村に1社ある。総社は犬伏の松苧神社であり、松之山郷66村や近隣地区の総鎮守としても信仰されている。 松苧神社という社名は明治維新後の1869年(明治2年)6月に改められたもので、それ以前は「松苧権現」または「松苧大権現」の名で呼ばれていた。多くの文献では、807年(大同2年)、坂上田村麻呂の創建という説を伝えている。 ただしさらに古くからこの地に鎮座していたとの古伝があり、110年(景行天皇40年)にはすでに高松の地に鎮座していたとの言い伝えがある。創建当初の社殿は、松苧山の北東の頂上、高松に存したという。同じく古伝では665年(天智天皇4年)に藤原鎌足が宮殿を造り変えて祈願所としたという記述がある。 時代は下って807年(大同2年)、坂上田村麻呂が蝦夷への遠征の帰途、この地を訪れたとの伝承がある。このときに田村麻呂は奴奈川姫命を祭神として祀り、神社を松苧山の西南の頂(元権現)へと遷宮したと伝わる。その後1497年(明応6年)から1590年(天正18年)のいずれかの時期に、2023年現在の地に遷座している。 中世には女人禁制の地となり、女性は松苧山中腹にあった中院(後述)の白馬(しらば)観音堂までの入山が許された。禁が解かれたのは明治維新後のことであるが、その後も女性の登拝は少数である。
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
出典 ja.wikipedia.org ↗基本データ
創建:1497年 指定:重要文化財 ご利益:山岳信仰
出典 ja.wikipedia.org ↗旅の前に知っておくこと
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