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豊川稲荷(妙厳寺)

愛知県 · 豊川市 · 神社・寺

Toyokawa Inari / 丰川稻荷(妙严寺)

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豊川稲荷(妙厳寺)
写真:Bariston / CC BY-SA 4.0 · 出典 ↗
WHAT TO DO豊川稲荷(妙厳寺)

稲荷を名乗るが神社ではなく曹洞宗の寺。神仏分離のあとも寺のまま稲荷をまつる珍しい例。奥の院の霊狐塚には無数の狐像が並ぶ。

WHERE愛知県

東三河 · 豊川市

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概要

稲荷を名乗るが神社ではなく曹洞宗の寺。神仏分離のあとも寺のまま稲荷をまつる珍しい例。奥の院の霊狐塚には無数の狐像が並ぶ。

解説

豊川稲荷(とよかわいなり)は、愛知県豊川市豊川町にある曹洞宗の寺院。 正式の寺号は妙厳寺(みょうごんじ)。詳しくは「円福山 妙厳寺」(えんぷくざん みょうごんじ)または「豊川閣 妙厳寺」(とよかわかく みょうごんじ)と称する寺院である。境内に祀られる秘仏「豊川吒枳尼真天(だきにしんてん)」の稲穂を担いだ姿などから、一般には「豊川稲荷」の名で呼ばれるようになった。豊川稲荷は神社ではないものの、境内の参道には鳥居が立っている。日本三大稲荷の1つとされる。 明治以降の歴代住職は、一部例外を除き、山号の円福山に因み、福山姓を襲名することが習わしとなっている。 2021年まで曹洞宗の専門僧堂を有していたが、現在は閉単(廃止)した。 北海道・東京都・神奈川県・大阪府・福岡県に、別院(下記)を持つ。また、豊川高等学校を運営している。寺へは商売繁盛などを願う参拝客ら年間約500万人が訪れる。 当寺の門前町周辺には稲荷寿司の店が並んでいる。 妙厳寺としての寺紋は、丸に抱き沢瀉、豊川稲荷としての寺紋は抱き稲、その他、宝珠もよく用いられている。 妙厳寺の本尊は十一面千手観音である。新法堂竣工の折りに、従来の十一面千手観音像に被せる形で、新たな十一面千手観音像を安置し、従来の観音像は胎内仏とした。 豊川稲荷の「稲荷」とは、境内の鎮守として祀られる吒枳尼天(だきにてん)のことである。吒枳尼天は、インドの古代民間信仰に由来する仏教の女神であるが、日本では稲荷信仰と習合し、稲荷神と同一視されるに至った。妙厳寺では「吒枳尼真天」(だきにしんてん)と呼称するが、親しみを込めて「尊天様」(そんてんさま)と言われる場合もある。 嘉吉元年(1441年)、曹洞宗法王派(寒巌派)の東海義易によって創建。室町時代末期、今川義元が伽藍を整備した。当時は、豊川(河川名)の近くに広がる円福ヶ丘という高台に伽藍があったが、元禄年間までに現在地に移転した。これに因み、妙厳寺は山号を円福山と称する。現存する諸堂は江戸時代末期から近代の再建である。 開祖の東海義易は幼名を岩千代といい、9歳の時に、曹洞宗法王派5世の華蔵義曇の元で仏門に入った。そして、東海地方における法王派の拠点となる普済寺(浜松市)で修行し、その後、諸国の行脚に入った。

出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)

出典 ja.wikipedia.org ↗

基本データ

創建:1441年 社格:日本三大稲荷のひとつとされる ご利益:商売繁盛、金運

出典 ja.wikipedia.org ↗

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