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吉香神社

山口県 · 岩国市 · 神社・寺

Kikko Jinja / 吉香神社

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吉香神社
写真:そらみみ / CC BY-SA 4.0 · 出典 ↗
WHAT TO DO吉香神社

岩国藩主・吉川家をまつる。錦帯橋のたもと。

WHERE山口県

東部 · 岩国市

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概要

岩国藩主・吉川家をまつる。錦帯橋のたもと。

解説

吉香神社(きっこうじんじゃ)は山口県岩国市にある神社。吉香公園内に鎮座し、岩国藩主吉川氏の歴代神霊を祀る。社殿は国の重要文化財に指定されている。 霊社大明神、御山主明神、御鎮座明神、柔和明神、光明神と変遷、1710年(宝永7年)神祇管領長上吉田兼敬から号を賜り鋒垂大明神とし、1744年(延享元年)にも神祇官から号を賜り治功(ちこう)大明神とした。1873年(明治6年)に吉香神社へ改称した。 1573年(元亀4年)吉川元春・元長父子が、所領だった安芸国山県郡新庄村龍山麓の駿河八幡宮(龍山八幡神社)境内に吉川氏代々の霊社として先代の吉川興経を祀った。 吉川氏の岩国転封後は、1711年(正徳元年)に椎尾八幡宮境内に別宮を建てて岩国へ勧請し、1714年には横山寺谷(紅葉谷公園)へ遷座、1728年(享保13年)には白山比咩神社側に社殿を造営して遷座した。 1793年(寛政5年)には吉川氏初代経義を祀る高秀(たかほ)神社と、岩国領初代広家を祀る鎮昭(しずてる)神社が白山比咩神社境内に建立される。 明治の版籍奉還と廃藩置県後、元藩主吉川経健は東京移住を命じられて3社とともに移ろうとするが、市民の請願により、1873年(明治6年)高秀鎮昭両社を治功社に合併して吉香神社と改称し、1879年(同12年)郷社に列せられた。1885年(同18年)には岩国城居館跡の当地に旧治功社の社殿を移設して遷座し、県社に列せられた。 1873年合祀 - 吉川元春・吉川経幹(5柱へ) 1879年合祀 - 吉川友兼・吉川経基・吉川元長(8柱へ) 1950年合祀 - 吉川広嘉(9柱へ) 1964年合祀 - 他の吉川氏正統当主19柱(28柱へ) 鳥居から本殿までが一直線に並んでいる。 本殿 - 1728年建立。三間社流造、檜皮葺。 拝殿 - 1728年建立。入母屋造、檜皮葺。 幣殿 - 1728年建立。切妻造、檜皮葺、拝殿背面中央部に接続。 神門 - 1728年建立。切妻造四脚門、檜皮葺。 鳥居 - 1728年建立。石造明神鳥居。 錦雲閣(絵馬堂) - 1885年(明治18年)建立。重層式入母屋造、瓦葺。 褒忠社(末社) - 岩国領初代広家が家臣供養のため龍門寺内に建てた節臣廟を移転し神社に改めた社。 本殿・拝殿・幣殿・神門・鳥居 - 国指定重要文化財(建造物) 太刀 - 国指定重要文化財(工芸品)

出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)

出典 ja.wikipedia.org ↗

基本データ

創建:1728年 指定:重要文化財 ご利益:勝運

出典 ja.wikipedia.org ↗

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