本文へ移動
日本国内の地域・文化・観光資料 / 営業日や料金などは掲載元の最新情報をご確認ください。

Value Village

山津見神社(虎捕山)

福島県 · · 自然・絶景

Yamazumi Shrine (Mount Toratoriyama) / 山津見神社(虎捕山)

この資料を保存・計画
地図で見る →AI旅程を考える
山津見神社(虎捕山)
写真:Bachstelze / CC BY-SA 3.0 · 出典 ↗
WHAT TO DO山津見神社(虎捕山)

飯舘村佐須地区の神社。拝殿の天井に200枚を超えるオオカミの絵がある。

WHERE福島県

福島県

CHECK BEFORE YOU GO訪問前に確認

営業日、料金、予約、撮影可否、季節条件は公式情報で確認してください。

Instagram で見る

この場所の名前のハッシュタグ。押すと Instagram のタグ一覧が新しいタブで開きます。

概要

飯舘村佐須地区の神社。拝殿の天井に200枚を超えるオオカミの絵がある。

解説

山津見神社(やまつみじんじゃ)は、福島県相馬郡飯舘村に鎮座する神社。 別名虎捕山津見神社とも呼ばれる。 山の神である大山津見神を祀る。 由緒書によれば、後一条天皇の御代、真野の里に生まれ育ったという橘墨虎(たちばな の すみとら)という凶賊がいた。墨虎は人並み外れて体の大きく、また不思議な力を持っていた。また、いつも部下を引き連れては村落にやって来て民家から財物を奪っていたため、墨虎が村を通るときは人々は皆縮み上がり逃げ惑うという有様で、住民たちは困り果てていた。 墨虎は、霊山に物見台を設けて近隣を支配し、その勢力がますます強大なものになると、豪族たちも墨虎へ服従して朝廷の命令に従わないようになったという。 後冷泉天皇の御代である永承6年(1051年)、陸奥守・鎮守府将軍として源頼義が下向して掛田(現在の伊達市霊山町掛田付近)に陣を構えた時、人々が墨虎による被害を訴え、墨虎を退治して欲しいと哀願した。これに対して頼義は部下へ墨虎の討伐を命じた。 墨虎は霊山の地の利を生かし戦ったが遂に頼義の軍に敗れ、単身亘理へと逃亡した。しばらくするとまた霊山へと戻ってきて、山へ隠れては現れを繰り返したため、頼義も対応に困り果てていた。 ある夜、頼義の夢の中に山の神が現れ「もし墨虎を捕まえたいと思うなら、白狼の足跡を踏み追うといい」という神託を得た。頼義は直ちに臣下である藤原景道に墨虎の追跡を命じた。藤原景道は、里人である「菅野蔵人」と「今神助右エ門」を道案内役として山へと分け入り、険しい山嶺や荊棘の中を踏み分けて捜索をしていると、獣の足跡が一際突き立っている岩へと点々と続いているのを見つけた。その足跡を辿っていくと、岩のところにある穴に墨虎が潜んでいた。景道は「墨虎天罰免れるべからず。朝命の刃に伏せ」と叫び、逃げようとする墨虎へ短刀を投げつけたところ、短刀は墨虎の背中に刺さり腹へと刃が貫けたという。 墨虎が討伐されたことで近隣の人々は安堵し、頼義は夢で神託を下した山の神の威徳を感じて墨虎を討った山へ祠を設けて「虎捕山神」と称えて報賽したという。その後、霊山へ北畠顕家が城を築いた時も頼義の遺績を敬い、また、虎捕山神の威徳により戦勝を得ることがあったため篤く崇敬したという。

出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)

出典 ja.wikipedia.org ↗

旅の前に知っておくこと

世界の質問箱から、この資料に関係する疑問を3つ。

みんなの投稿

行った人・住んでいる人からの訂正・体験談・営業時間・翻訳。確認のうえ掲載しています。

この場所について投稿する →

同じ県の自然・絶景

この分類をすべて見る

訪問前の確認・参考資料

原資料を掲載しています。営業時間、見学可否、料金、交通は最新の公式情報で確認してください。

この県の工芸・名品

工芸・ものづくり特産品・お土産

この記述はValue Villageが公開情報をもとに自分で書き起こしたものです。転載はしていません。 対応言語:ja / en / zh

福島県の Instagram 投稿(公式アカウントより)

この場所に結びついた投稿はまだありません。県の公式アカウントの投稿を毎分入れ替えて表示しています。